先日、長年顧問をしている製造業の社長から、こんな連絡が来ました。
「来年、息子に会社を渡す予定なんですが、退職金はいくらくらいになりますか?」
月額報酬80万円、勤続20年のベテラン社長です。計算してすぐに気づきました——この社長、退職金を大きく「損している」かもしれないと。
7割の社長が知らない「功績倍率」という数字
役員退職金には、法人税法上の計算式があります。
最終月額報酬 × 勤続年数 × 功績倍率
この式を見せると、多くの社長が「功績倍率って何ですか?」と首をかしげます。そして現実には、この功績倍率が1.0のまま固定されているケースが非常に多い。税理士に任せきりで、誰も見直してこなかった、というパターンです。
ところが、代表取締役であれば功績倍率は最大3.0まで認められています。取締役や監査役は2.0や1.5が目安ですが、会社を実質的に動かしてきた代表取締役には、それだけの裁量が税法上も認められているのです。
1.0と3.0の差は、3,200万円
先ほどの社長の数字で試算してみましょう。月額報酬80万円、勤続20年として計算します。
功績倍率を1.0にすると、退職金は80万円 × 20年 × 1.0 = 1,600万円。
功績倍率を3.0にすると、80万円 × 20年 × 3.0 = 4,800万円。
差額は3,200万円。そしてこの3,200万円は、まるごと法人の損金として算入できます。法人税率が30%だとすれば、追加の節税効果だけで約960万円。合計すると、実質的な経済的差は4,000万円を超えることもあります。
「そんなに変わるなら、最初からそう教えてほしかった」——その社長の言葉が、今でも頭に残っています。
功績倍率3.0が認められるための条件
「代表取締役なら無条件に3.0でいい」というわけではありません。税務署が問題にしないためには、いくつか押さえておくべき点があります。
まず、同業他社との比較です。同規模・同業種の他社の退職金水準と比べて著しく高額でないことが、損金算入の大前提になります。在職期間や会社への貢献度に照らして、金額の合理性を説明できることが重要です。
もう一つは退職の実態です。形式だけの退職は認められません。代表取締役を退任し、日常の経営から実質的に離れることが求められます。事業承継とセットで活用されることが多いのはこのためです。
「退職金規程がない」は致命的なミス
ここで、多くの社長がつまずくポイントがあります。
退職金規程が整備されていなければ、どれだけ計算が正しくても損金算入できません。
退職金規程とは、「誰が・いくら・どんな計算式でもらえるか」を定めた社内規程です。株主総会の決議だけでは不十分で、文書化された規程が必要です。
「退職するときに決めればいい」と後回しにしている社長が多いのですが、直前に慌てて作っても遡及適用は認められません。事前に整備しておくことが絶対条件です。規程の作成は、顧問税理士や社労士に依頼すれば数万円程度から対応してもらえます。節税効果に比べれば、費用対効果は圧倒的です。
今日、まず確認してほしい2つのこと
退職をまだ考えていない社長も、今すぐ確認できることがあります。
① 退職金規程の有無 — 会社の規程集を今すぐ確認してください。なければ、今期中に整備することを強くすすめます。
② 功績倍率の設定 — 規程があっても、功績倍率が1.0のまま固定されているケースがあります。代表取締役として長年経営を担ってきたなら、3.0に近い設定が認められる余地は十分あります。
役員退職金は、設計次第で数千万円単位で結果が変わる「経営上の重要な意思決定」です。退職はいつか必ず来ます。顧問税理士と早めに対話しておくことを、強くおすすめします。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。