先日、こんな相談を受けました。「退職金を全額否認されて、重加算税まで取られた社長がいると聞いた。うちは大丈夫だろうか」と。

その社長が心配するのも無理はありません。退職金は節税効果が高い一方で、設計を間違えると税務調査で致命的なダメージを受けるリスクがあるからです。

30年間会社を支えた社長に起きたこと

ある製造業の会社で、創業から30年間会社を引っ張ってきた社長Aさんが退職することになりました。長年の貢献に報いるため、取締役会で功績倍率5.2倍を適用し、2500万円の役員退職金を支給しました。

「30年も頑張ってきたんだから、このくらいは当然だ」という判断でした。退職金規程に計算根拠があるわけでも、取締役会でどんな議論があったかという記録があるわけでもありませんでした。

問題が発覚したのは、退職から2年後のことです。

調査官が問題視したのは一点だけ

税務調査で調査官が指摘したのは、シンプルかつ致命的な点でした。「功績倍率5.2倍の算定根拠はなんですか?」という一言です。

同業他社の功績倍率は概ね2〜3倍。5.2倍という数字を正当化するには、それ相応の実績・貢献の記録が必要です。しかし、取締役会の議事録には「長年の貢献に対し」の一文があるだけで、具体的な業績評価の根拠は何一つ残っていませんでした。

結果、税務署はこう判断しました。「適正な退職金を超えた部分は役員賞与である」と。

2500万円の全額が役員賞与として認定され、法人税の追徴に加えて重加算税35%が上乗せされました。Aさんが受け取った退職金は手元に残っているのに、会社には多額の税金の請求書が届いたのです。

なぜ「全額」否認されてしまったのか

退職金には、法律で定められた功績倍率の上限はありません。理論上は5倍でも10倍でも設定できます。では、なぜ5.2倍が否認されたのでしょうか。

ポイントは「裏付け」の有無です。

税務調査では、退職金の適否を判断する際に「同業・同規模の企業と比較して、その倍率は合理的か」という観点でチェックします。倍率が高い場合でも、それを支える根拠資料が揃っていれば認められる可能性があります。逆に、根拠がなければ高倍率ほど否認されやすくなる。

Aさんのケースでは、倍率が高い上に根拠が皆無でした。税務署としては「否認する」以外の選択肢がなかったとも言えます。

税務調査を乗り越えるための3点セット

実務上、役員退職金を安全に通すためには、次の3つを事前に揃えておく必要があります。

退職金規程の整備 退職金の計算方法(最終報酬月額×勤続年数×功績倍率)を明文化した規程を作成します。「内規があった」「慣例でこうしていた」では認められません。

取締役会議事録の作成 退職金を支給する決議を、適切な形式で記録します。功績倍率を何倍に設定したか、その評価の根拠(業績への貢献、在任期間中の会社の成長など)を具体的に残しておきましょう。

業績・実績の記録 高い功績倍率を設定するなら、それを裏付ける資料が必要です。在任中の売上推移、組織拡大の実績、会社が直面した危機とその対応——こうした記録を普段から整理しておくことが重要です。

この3点が揃っていれば、功績倍率が2〜3倍の水準を超えていても、説明できる余地が生まれます。逆にどれか一つでも欠けていると、税務調査で弱点を突かれることになります。

退職の「前」に設計するのが鉄則

Aさんのケースで特に痛かったのは、退職してから2年後に問題が発覚したことです。退職金を受け取った後では、さかのぼって議事録を作ることも、規程を整備することも、実質的には不可能です。仮にやったとしても「後付け」とみなされるリスクが高い。

退職金の設計は、退職の数年前から始めるのが理想です。直前でも間に合うケースはありますが、余裕があるほど選択肢は広がります。

「まだ先の話だから」と後回しにしている社長が意外に多いのですが、いざというときに準備ができていなければ、Aさんのように高い代償を払うことになりかねません。まだ退職金規程が整備されていないなら、今期中に顧問税理士に一度確認してみてください。将来の大きな損失を防ぐ、最も費用対効果の高い対策の一つです。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。