先日、顧問先の社長からこんな電話がかかってきました。「先生、税務調査で退職金を否認されました。追徴が500万円を超えるって言われたんですが、どういうことですか?」

電話口の声には、明らかに動揺が滲んでいました。会社を30年かけて育て上げてきたご本人への退職慰労金が、まさか「やりすぎ」と判断されるとは、夢にも思っていなかったようです。

話を聞くうちに、原因がすぐにわかりました。功績倍率を3.0倍のところ、4.0倍で設定していたのです。

役員退職金が否認される仕組み

役員退職金を損金に算入するには、金額が「不相当に高額」でないことが条件です。税法上に明確な上限は定められていませんが、実務では次の計算式が判断基準として使われます。

最終月額報酬 × 勤続年数 × 功績倍率

この式自体はよく知られているのですが、問題は功績倍率の設定にあります。

代表取締役に認められる功績倍率の相場は、3.0倍です。過去の判例・裁決事例が積み重なって形成されてきた「実務上の目安」であり、税務署もこの水準を前提に審査を進めます。3.0倍を超えると、超過分は「不相当に高額な役員給与」として損金不算入になります。つまり、法人税の計算上、その部分はなかったことにされてしまうのです。

「たった1倍の差」が510万円になる現実

具体的な数字で見てみましょう。月額報酬50万円、勤続年数30年の代表取締役が退職するケースです。

功績倍率を3.0倍で計算すると、退職金は4,500万円。これは全額損金に算入できます。ところが4.0倍で設定してしまうと、退職金は6,000万円になります。差額の1,500万円は損金不算入です。

法人税率を約34%(中小企業の実効税率の目安)で計算すると、追徴される法人税だけで約510万円になります。そして問題はここで終わりません。

税務調査で発覚した場合、過少申告加算税(最大15%)と延滞税(年2〜14%)が上乗せされます。最終的な負担が700万円を超えることも珍しくないのです。功績倍率をたった1.0高く設定しただけで、これだけの額になります。

なぜミスが起きるのか

功績倍率のミスが起きやすい背景には、いくつかパターンがあります。

よくあるのは「古い情報をそのまま使っている」ケースです。インターネットや古い書籍には「代表取締役は3〜5倍が目安」という記載が今でも残っています。ただ現在の実務では3.0倍が事実上の上限として扱われることが多く、それ以上は相応の根拠が必要です。

もうひとつは「知り合いの社長が4.0倍で退職金を出した」という話を参考にするケースです。そのケースが否認されなかっただけで、税務署のお墨付きを得たわけではありません。調査がすべての会社に入るわけではないため、実態は見えにくいのです。

そして見落とされがちなのが、退職金規程が整備されていない、あるいは形式だけのものになっているケースです。規程がないと、金額の合理性を説明する根拠がなくなり、否認されやすくなります。

正しく設定するための3つのポイント

役員退職金を適正に設定するために、押さえておきたいポイントが3つあります。

まず、退職金規程を整備すること。役員退職慰労金規程に計算式と功績倍率を明記し、株主総会の議事録とセットで保管します。規程なき支給は、それだけで税務署に目をつけられる要因になります。

次に、功績倍率は3.0倍以内に収めること。業種・規模・在任期間によって個別の合理性を説明できれば多少の幅はありますが、3.0倍を超える場合は明確な根拠の準備が必要です。

そして最も大切なのが、支給前に必ず税理士に確認すること。退職金は一度支給してしまうと修正がほぼ不可能です。事前の確認が唯一のリスク回避策です。

「強力な節税」だからこそ、細部が命取りになる

役員退職金は、適切に設計すれば数千万円単位の損金算入が可能な、非常に強力な節税手段です。だからこそ税務署もしっかりチェックします。功績倍率という細部のミスひとつが、何百万円もの追徴につながるリスクがあることを覚えておいてください。

まだ退職金規程が整備されていない会社は、今期のうちに着手しておくのをおすすめします。いざというときに間に合わなかった、というケースは本当に多いのです。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。