先日、ある製造業の社長からこんな相談を受けました。

「毎年きちんと配当を出してきたのに、それが相続税の負担を増やしていたなんて…」

創業30年、従業員50名を抱える会社を誠実に経営してきた方です。株主への還元を大切にしてきたその姿勢は、経営者として立派だと思います。ただ、事業承継という観点から見ると、その「誠実な配当」が思わぬ落とし穴になっていたのです。

配当を出すほど、自社株の評価が上がっていく

非上場の中小企業の株価は、上場株のように市場で決まるわけではありません。税務上は一定のルールに従って評価されます。その中に「配当還元方式」という計算方式があります。

名前の通り、配当の実績をもとに株価を算定する方法です。過去の配当金額が多ければ多いほど、株価の評価額が高くなります。つまり、株主思いの社長が毎年100万円の配当を続けてきた場合、その積み重ねが株価をじわじわと押し上げている可能性があるのです。

相続が発生したとき、自社株は「財産」として評価されます。評価額が高くなれば、当然ながら相続税の課税対象となる金額も増えます。後継者が会社を引き継いだとたん、高額な相続税の請求書が届く——そんなケースが、実際に少なくありません。

承継の3年前から動くのが鉄則

では、どう対策すればいいか。答えはシンプルで、承継前に配当を下げることです。

配当還元方式では、直前2年間の配当金額が評価に大きく影響します。そのため、事業承継を見据えて配当をゼロにする、あるいは大幅に引き下げることで、株価評価を圧縮できます。

目安として「年3円以下」の配当にするだけで、評価の計算式に使われる数値が変わり、評価額がぐっと下がるケースがあります。実際に、この対策をとった社長の自社株評価が、対策前と比べて数千万円単位で変わることも珍しくありません。

なぜ「3年前」かというと、税務調査などへの対応も含めて、十分な準備期間が必要だからです。直前の駆け込みでは、税務署から「租税回避目的では?」と疑義をかけられるリスクもあります。早めに動くほど、対策の選択肢も増えます。

「知っている社長」と「知らない社長」の差

同じような規模の会社でも、承継のタイミングで支払う税額が大きく違うケースをよく目にします。その差の多くは、情報格差から生まれています。

知っていた社長は、3年以上前から配当方針を見直し、株価を計算しながら承継計画を立てていました。知らなかった社長は、配当を出すことが株主への誠意だと信じて疑わなかった。どちらも悪意はありません。ただ、結果は大きく違ってしまいます。

ここで一点、注意しておきたいことがあります。

配当を下げれば必ず有利になるかというと、そうとも言い切れません。会社の規模や業種、株主構成、評価方式の選択(配当還元方式が使えるかどうか)によって、最適な対策は変わってきます。たとえば、規模の大きな会社の場合は「類似業種比準方式」や「純資産価額方式」が適用されることも多く、配当だけでなく利益や純資産の水準も評価に影響します。

自分の会社に何が効くかは、一度きちんと株価算定をしてみないとわかりません。

今すぐ確認してほしい3つのこと

難しい計算は専門家に任せるとして、まず社長自身に確認してほしいことを挙げておきます。

  • 毎年配当を出しているか(金額はいくらか)
  • 事業承継のタイミングをなんとなくでも考えているか
  • 自社株の評価額を最近計算したことがあるか

この3つのうち、どれか一つでも「YES」なら、今すぐ税理士に相談する価値があります。特に50代以降の社長であれば、承継まで10年を切っているケースも多い。対策できる時間は思っているより短いです。

配当は決して悪いものではありません。ただ、事業承継という文脈では、「いつ、いくら出すか」が非常に重要な経営判断になります。会社を守るために配当を見直すことは、後継者への最大のプレゼントになり得るのです。

まだ自社株の評価を確認していないなら、今期中に一度シミュレーションをしてみることを強くおすすめします。動き出すのは、早ければ早いほどいい。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。