先日、60代前半の社長からこんな相談を受けました。「息子に会社を譲るつもりだけど、まだ完全には引退できない。退職金を受け取るのは、完全に辞めてからじゃないといけないの?」

これ、実はよくある誤解です。退職金は「会社を完全に去った人だけが受け取るもの」と思い込んでいる経営者が多いのですが、要件を正しく満たせば、現役のまま受け取れる方法があります。


「分掌変更」で退職金が出せる理由

税務上、退職金を支給できるのは「退職した人」だけが原則です。ただし、役職が大きく変わって、実質的に経営の第一線から退いたと認められる場合は、在籍中でも退職金を支給できると国税庁も認めています。

これが「分掌変更」と呼ばれるスキームです。たとえば、代表取締役から平取締役や相談役・監査役に降格することで、「実態として退職に近い状態になった」と判断されるわけです。

完全引退ではなく「役職の変更」なので、会社に関わり続けながら退職金を受け取れる。経営者にとって非常に使い勝手のいい仕組みです。


退職金の税優遇は、給与と比べると別次元

なぜ退職金にこだわるのか。それは、税負担の軽さが給与と比べてまったく違うからです。

退職金には「退職所得控除」という制度があります。勤続年数が長いほど控除額が大きくなり、20年超の場合は「800万円+70万円×(勤続年数-20年)」の計算式が適用されます。たとえば勤続35年なら、控除額は1,850万円。さらに勤続40年であれば約2,200万円超が非課税になります。

しかも、控除を引いた残りの金額に対してさらに2分の1にしてから課税されます。この「2分の1課税」の恩恵が非常に大きく、同じ3,000万円を受け取っても、給与としてもらうか退職金としてもらうかで、手取りに数百万円以上の差が生まれることも珍しくありません。

長年、高い税率で役員報酬を受け取ってきた社長ほど、退職金への「移し替え」効果が際立ちます。


ただし、やり方を間違えると税務署に否認される

便利なスキームには必ず「落とし穴」があります。分掌変更による退職金支給は、形だけ役職を変えても認められません。

税務署が特に注目するのは、次のような点です。

  • 役員報酬が「おおむね半額以下」に減額されているか
  • 経営の実権を実質的に次の代表者に渡しているか
  • 変更後の役割が名ばかりでなく、実態を伴っているか

「代表から相談役に変えたけど、実態は何も変わっていない」「報酬もほとんど減っていない」という状態だと、税務調査で退職金が「給与」として認定され直され、追徴課税のリスクがあります。

過去の裁判例でも、分掌変更後も実質的に経営の中心にいた役員への退職金支給が否認されたケースは複数あります。制度の趣旨に沿った「実態の変化」が不可欠です。


設計は「事前」が命、後から整えても遅い

分掌変更のスキームで失敗する会社に共通しているのが、「やってから相談する」パターンです。役職を変えて退職金を支給したあとに税理士へ報告する、というケースが意外と多いのですが、これは非常に危険です。

退職金の適正額の計算(功績倍率法による算定)、議事録の整備、役員報酬の改定タイミング、実態変化の記録——これらはすべて「事前の設計」があってこそ機能します。

特に退職金の金額は、会社の規模・役職・勤続年数・功績倍率をもとに算出した「適正額」の範囲内に収める必要があります。根拠なく高額な退職金を支給すると、過大役員退職金として損金不算入になるリスクもあります。


事業承継を考えているなら、今すぐ試算を

「まだ引退は数年先」と思っている社長こそ、今が動き時です。分掌変更のスキームは、後継者への承継タイミングと合わせて設計するのが最も効果的で、会社の内部留保の状況や今後の利益見通しによって最適なタイミングも変わってきます。

退職金として受け取るか、役員報酬として受け取り続けるか。この選択だけで、老後の手元資金が数百万円単位で変わることは十分ありえます。

顧問税理士にまだ相談していないなら、「分掌変更を使った退職金の試算をしてほしい」と一度お願いしてみてください。事業承継の話が具体化してからでは、選べる選択肢が狭まっていることもあります。今期中に一度、出口戦略を棚卸ししてみるのをおすすめします。


※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。