先日、創業20年の建設会社を経営する社長からこんな相談を受けました。「そろそろ息子に会社を譲ろうと思っているんだけど、退職金ってどのタイミングで受け取るのがいいの?」と。

その社長は、引退するときに一括で受け取ればいいと、なんとなく思い込んでいました。でも実は、そのやり方が一番税金を多く払うことになりかねないんです。

退職金を「一括で引退時に」受け取るリスク

役員退職金は、給与と違って「退職所得控除」という強力な控除が使えます。勤続年数が長いほど控除額が大きくなるのですが、問題はそこではありません。

引退時に5,000万円の退職金をドンと受け取ると、その時点の税率で一気に課税されます。退職所得は他の所得と分離課税なので、そこまで悪くないように見えますが、実は「現役中に一度受け取れるチャンスを見逃している」という大きな機会損失が生まれているんです。

「分掌変更」という合法的な節税のしくみ

知っている社長は、引退の手前で一度「役職を下げる」というアクションを取ります。具体的には、代表取締役から会長や相談役などに肩書きを変えること。これを税務の世界では「分掌変更」と呼びます。

この分掌変更のタイミングで、一度目の退職金を受け取ることができます。退職所得控除を使えるので、税負担を大幅に抑えられるわけです。仮に3,000万円を退職金として受け取った場合、同額を給与で受け取るより手取りが数百万円単位で変わってくることも珍しくありません。

そして、会長や相談役として数年間会社に関わったあと、本当に引退するタイミングでもう一度退職金を受け取れる可能性があります。退職金が実質2回受け取れるというのが、このスキームの最大のポイントです。

「分掌変更」が認められるための条件

ただし、なんでもOKというわけではありません。税務署も当然チェックしてきます。分掌変更による退職金が認められるには、いくつかの要件をクリアする必要があります。

もっとも重要なのが、役員報酬を50%以上下げることです。肩書きだけ変えて報酬はそのまま、では「実態は変わっていない」と判断されてアウトになります。

ほかにも、

  • 経営上の意思決定権が実際に後継者へ移っていること
  • 日常的な業務への関与が明らかに減っていること
  • 議事録や社内規程など、変更を証明する書類が整っていること

といった点が税務上の判断材料になります。

「分掌変更しました」という形式だけ整えて中身が変わっていなければ、税務調査で否認されるリスクがあります。実態が伴っているかどうか、が最大のポイントです。

実際にどのくらい節税になるのか

具体的な数字で考えてみましょう。勤続30年の社長が退職金5,000万円を受け取るケースを想定します。

退職所得控除額は「70万円×(30年-20年)+800万円=1,500万円」となり、課税対象は「(5,000万円-1,500万円)×1/2=1,750万円」です。これに所得税・住民税が課されますが、同じ金額を給与として受け取るよりも、手取りは数百万円単位で大きく変わります。

さらに分掌変更で一度受け取り、引退時にもう一度受け取れれば、控除を2回活用できる可能性があります。この差は、長年会社を経営してきた社長にとって、無視できない金額です。

必ず顧問税理士と一緒に設計してください

このスキームは合法であり、うまく活用すれば非常に効果的な節税手法です。ただし、要件の判断は非常に繊細です。「分掌変更しました」という書類だけ作っても、実態が伴っていなければ税務調査で全額否認されるリスクがあります。

また、2回目の退職金が認められるかどうかも、1回目の分掌変更からどれだけ時間が経っているか、その間の業務実態はどうだったかなど、個別の事情によって判断が変わります。

「そろそろ事業承継を考えている」「退職金の受け取り方を最適化したい」と思っている社長は、引退の5年以上前から顧問税理士と一緒にスケジュールを組んでおくことを強くおすすめします。早めに動けば動くほど、選択肢が広がります。引退間際になってから慌てても、できることは限られてしまいます。今期中に一度、退職金の受け取り設計について専門家と話し合う機会を作ってみてください。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。