「うちの自社株、どうせそんなに評価額が高くないですよね」
そう言って対策を先送りにしていた社長が、相続発生の知らせを受けた翌月、税理士から試算書を突きつけられて絶句する——そういう場面を、私は一度ならず目にしてきました。中小企業の自社株は、オーナー自身が思っているより遥かに高く評価されることが多いのです。
相続が起きた瞬間、10ヶ月のカウントダウンが始まる
社長が亡くなった瞬間から、後継者には10ヶ月以内に相続税の申告と納付を完了させる法的義務が生じます。
業績のよい会社、純資産が積み上がっている会社では、自社株の評価額が数億円に達することがあります。税額にして5,000万円を超えるケースも、決して珍しくありません。中小企業オーナーの資産は不動産と自社株に偏りがちで、「相続税を現金でさっと払える」という状況はむしろ少数派です。
そこで活用したいのが「事業承継税制(非上場株式の納税猶予・免除制度)」です。一定の要件を満たせば、自社株にかかる相続税を全額猶予し、最終的には免除できる強力な制度です。うまく使えれば、数千万円単位の納税を回避できます。
現実の分岐点は、相続後30日以内
ただし、この制度には大きな壁があります。申請準備に数ヶ月かかるのです。
都道府県知事への認定申請、税務署への届出、膨大な添付書類の整備——これらを期限内に完了させるには、相続開始と同時に専門家と動き始める必要があります。実務の現場では、相続後30日以内に税理士や専門家を確保して動き出せるかどうかが、制度を使えるかどうかの現実的な分岐点です。
「四十九日が終わってから」「少し落ち着いてから相談しよう」——その気持ちはよくわかります。でも、税法の期限は喪中を待ってくれません。動き出しが遅れるほど、選択肢が音もなく消えていきます。
定款に潜む「売渡請求条項」というリスク
相続税とは別に、もうひとつ見落とされやすい危険があります。
多くの中小企業の定款には「相続人等に対する株式売渡請求条項」が定められています。この条項があると、後継者以外の相続人——配偶者、別の子ども、兄弟姉妹など——が自社株を取得した場合、会社側がその株を強制的に買い取るよう請求できます。
一見、経営権を守る仕組みに見えますが、問題は資金手当てとタイミングです。相続と同時に株の分散が起き、経営判断が混乱に陥る事態も起こりえます。後継者が株を集中して持てる状態を、生前に整えておくこと——これも承継対策の重要な柱のひとつです。
相続が起きてからでは、できないことだらけ
自社株の評価額を下げる手段はいくつかあります。役員退職金の原資を積み立てておくこと、純資産を計画的に圧縮すること、持株会の設計を見直すこと——こうした対策はすべて、社長が元気に動ける生前にしか実行できません。
相続が発生してから「評価額を下げてほしい」と税理士に依頼しても、物理的に不可能です。どれだけ優秀な専門家でも、過去に遡って手を打つことはできないのです。
対策できるのは「今この瞬間」だけ。まずは自社株の評価額の試算だけでも税理士に依頼してみてください。数字を見てから判断するのでも、何もしないよりずっといい。相続発生後に「もっと早く動いていれば」と後悔しないためにも、今期中に一度、承継の現状を専門家に診てもらうことをおすすめします。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。