先日、ある社長からこんな相談を受けました。「父が亡くなって、アパートを相続したんですが、相続税をどうやって払えばいいか分からなくて」と。
話を聞くと、相続税の申告期限まであと3ヶ月。でも手元にまとまった現金がなく、相続税を払うには不動産を売るしかない状況でした。
結果的にその社長は、市場価格より25%安い値段で急いで売ることになりました。さらに売却益には譲渡所得税がかかる。最終的に手元に残ったのは、当初の評価額の半分以下でした。「こんなはずじゃなかった」という後悔の言葉が、今でも印象に残っています。
罠① 10ヶ月の壁——焦りが生む「叩き売り」
相続税の申告・納付期限は、相続発生からわずか10ヶ月です。これは意外と短い。
問題は、相続税が「評価額ベース」で計算されることです。実際に売れるかどうか関係なく、評価額に対して税金がかかります。現金が足りなければ、不動産を売って税金を払うしかありません。
急いで売るということは、買い手に足元を見られるということです。「すぐ売りたい」という事情が伝わると、相場より20〜30%安い価格を提示されることも珍しくありません。1億円の不動産が7,000万円でしか売れない——これが「叩き売り」の現実です。
相続税の申告期限は延長できません。準備のないまま期限を迎えると、最悪のタイミングで売るしかなくなります。
罠② 売っても持っても税金がかかる
「急いで売らなければいい」という考え方もありますが、売った場合の税負担も知っておく必要があります。
不動産の売却益には「譲渡所得税」がかかります。相続後5年超の売却なら長期譲渡所得税で20.315%、5年以内の短期なら39.63%です。
仮に相続税で3,000万円を支払い、その後売却でさらに2,000万円の譲渡税がかかったとしたら——相続と売却の合計税負担だけで5,000万円。評価額1億円の物件なら、手元に残るのは5,000万円以下です。
「相続税+譲渡税の二重負担」を事前に試算せずに相続を迎えるのは、目隠しで走り出すようなものです。この計算を知っているだけで、対策の優先度がまったく変わってきます。
罠③ 持ち続けることの「静かな損失」
「売らずに賃貸として持ち続ければいい」という選択肢もあります。ただし、ここにも見えにくいリスクがあります。
築年数が経った建物は、修繕費が年々増えていきます。屋根・外壁・設備の交換が重なると、年間数百万円の出費になることもあります。空室が続けば家賃収入はゼロなのに、固定資産税・管理費・ローン返済は続く。
「評価額は変わっていないのに、毎年キャッシュが減っていく」という状態が5年続けば、実質的な資産価値は大幅に目減りします。帳簿上の価値と、実際に使えるお金の差が開き続けるわけです。
不動産は持っているだけで価値を保つ、という神話は、老朽物件には通用しません。
生前設計が、唯一の解決策
この3つの罠に共通しているのは、「相続が起きてから考えても手遅れ」という点です。
売るか・持つか・どう納税するか——こうした選択肢は、親御さんが元気なうちに一緒に設計しておく必要があります。相続税の納税資金を事前に確保する仕組みをつくる、物件を法人に移管して節税スキームを組む、暦年贈与で少しずつ渡していく——対策のバリエーションは複数あります。
大切なのは「どの手法が最善か」を税理士と一緒に試算することです。物件の評価額・家族構成・キャッシュフロー・相続人の税率——これらをトータルで見た設計が必要で、一般論では答えが出ません。
「うちの不動産、相続したらどうなるんだろう」と少しでも気になっているなら、まず専門家に現状を整理してもらうことをおすすめします。相続は突然やってきます。準備できる時間は、思っているより短いかもしれません。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。