先日、顧問先の社長からこんな電話が来ました。「来年、会長に退いて退職金をもらおうと思うんだけど、何か問題ある?」

この一言に、私は少し身を固くしました。退職金の設計が甘いまま実行してしまうと、数年後の税務調査で思わぬ追徴課税を受けるケースが後を絶たないからです。

退職金は「最後の大型節税」のはずだった

役員退職金には、退職所得控除という非常に有利な税制が用意されています。勤続年数が長ければ長いほど控除額が大きくなり、たとえば43年以上勤め上げた社長なら、2,400万円を超える金額が丸ごと非課税の対象になります。

給与と違って退職所得は分離課税で、しかも2分の1課税の恩恵もある。正しく設計さえすれば、生涯でもっとも税効率の高いお金の受け取り方と言っても過言ではありません。

ただし、「正しく設計すれば」という前提が、ここでは命取りになります。

税務署が必ずチェックする3つのポイント

税務調査の現場で、税務署員がまず向かう先は「退職金の計算根拠」です。金額が大きいほど、当然ながら確認は厳しくなります。

① 功績倍率は同業他社と比べて妥当か

役員退職金の計算式は一般的に「最終報酬月額 × 勤続年数 × 功績倍率」です。この功績倍率が適正かどうか、税務署は同業他社のデータと照らし合わせて判断します。

代表取締役なら3.0倍が目安とされていますが、業種・規模・会社への貢献度によって合理的な説明ができなければ、「過大な役員退職金」として損金算入が否認されることがあります。

② 役員としての実勤続年数が正確か

「創業から40年、ずっとこの会社で働いてきた」という感覚と、税務上の「役員勤続年数」は必ずしも一致しません。登記上の就任日、重任のタイミング、役員でなかった期間の扱いなど、細かく見ていくと実際の勤続年数がずれているケースがあります。

勤続年数が長いほど控除額が増えるだけに、ここの算定ミスは思わぬ課税漏れに直結します。

③ 退職の実態が形式だけでないか

これが一番見落とされやすいポイントです。「会長に退いた」と言いながら、実際には代表印を持ち、取引先との交渉にも出席し、実質的な経営判断をしている——そんな状態で退職金を受け取ると、税務署は「実態のない退職」と判断します。

退職とは、単に肩書を変えることではありません。業務への関与度が実際に下がっていることを示せなければ、退職金そのものが認められないリスクがあります。

重加算税35%という現実

これら3つのチェックポイントで問題があると判断された場合、通常の過少申告加算税(10〜15%)にとどまらず、隠蔽・仮装と認定されれば重加算税として35%が上乗せされます。

仮に退職金が5,000万円で、そのうち2,000万円が「過大」と否認された場合、本税に加えて重加算税、さらに延滞税まで乗ってくる。当初の計画とはまったく異なる現実が待っています。

特に「名義だけの退職」と「短期勤務の役員への高額退職金」は、税務調査の優先対象です。「親族を取締役に入れて、数年後に高額退職金を払う」というスキームは、当局も熟知しています。

退職金規程と議事録が「命綱」になる

退職金の支給額を守るために欠かせないのが、退職金規程の整備と取締役会議事録です。

規程がなければ、支給の根拠が「社長の気分」になってしまいます。適正な功績倍率を規程に明記し、取締役会で正式に決議した議事録を残しておく。この2点があるかどうかで、税務調査の結末は大きく変わります。

すでに退職を検討している社長は、今からでも遅くありません。退職金規程の見直しと、退職後の業務関与度の整理を、担当税理士と一緒に確認しておいてください。規程の整備は退職前に行うのが大前提で、退職後に遡って作成しても効果はありません。

退職金は、長年会社を支えてきた経営者への正当な報酬です。正しい手順で受け取ることができれば、老後の資産形成に大きく貢献します。急がず、しっかり設計することが何より大切です。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。