先日、製造業を長年経営してきた社長から、こんな相談を受けました。
「退職金を合計6,000万円受け取ったのに、税務調査で追徴課税されてしまった。いったい何がまずかったのか」
A社・B社の2法人を経営していたその社長は、退職時に各社から3,000万円ずつ受け取りました。申告も済ませ、これで一区切りと思っていたところに税務調査が入り、思いがけない問題が発覚したのです。
退職所得控除は「合算」されない
退職金の税負担が軽くなる理由は、「退職所得控除」という特別な控除にあります。勤続年数が長いほど控除額が大きくなり、課税対象を大幅に圧縮できる仕組みです。
通常の計算では、勤続20年以下の部分は1年あたり40万円、20年超の部分は1年あたり70万円が控除されます。では、2社で合計50年勤務していれば50年分の控除が使えるかというと——そうはなりません。
税法には「同一期間に係る退職所得控除額は二重に計算しない」という原則があります。勤続期間が重複している場合、その重なった年数は1回分しか控除に使えないのです。
「重複10年」で控除が一気に縮む
具体的に数字で見てみましょう。
A社で25年、B社で25年勤務し、そのうち10年間が重複していたとします。一見すると合算50年分の控除が計算できそうですが、実際には「50年 − 10年(重複分)= 40年分」しか認められません。
勤続40年の退職所得控除額は2,200万円。これが50年分なら2,900万円になります。その差は700万円。ここに所得税・住民税がかかれば、実質的な手取りの差は数百万円単位になります。
冒頭の社長のケースでは、重複期間の扱いを誤ったまま申告してしまい、本来より800万円以上、控除が少なく計算されるべきだったことが判明しました。受け取り額は変わらないのに、税負担だけが跳ね上がった形です。
タイミングと順番が税額を左右する
では、どうすれば良かったのか。実は、退職金を「いつ」「どの会社から」受け取るかによって、税負担は大きく変わります。
A社を退職してから5年以上空けてB社を退職した場合、それぞれ独立した退職として控除を計算できるケースがあります。逆に同じ年に2社から受け取ると、重複期間の問題が一気に表面化します。
さらに注意が必要なのが、2法人の間に「支配関係」がある場合です。株主構成や役員の兼務状況によっては、実質的に同一の退職とみなされ、合算して課税されることもあります。この判断は法人の形式だけでは決まらず、実態ベースでの税務的な整理が不可欠です。
退職計画こそ、早めに動く
退職金は、受け取ってしまってから「やり直し」は効きません。だからこそ、複数の法人を持っている経営者には、退職の計画段階から税理士を巻き込んでほしいのです。
事前に確認しておくべきポイントは3つです。
- 各法人での勤続開始・終了の時期(重複期間はどこか)
- 法人間の支配関係や役員の兼務状況
- 退職の順番・タイミング(5年ルールを活用できるか)
たった1〜2時間、税理士と試算シミュレーションをするだけで、手取りが数百万円変わることは珍しくありません。「退職はまだ先の話」と思っているうちに動くのが、賢い経営者の共通点です。
複数の法人を経営している方は、今期中に一度、顧問税理士と退職金プランを見直しておくことをおすすめします。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。