先日、ある製造業の社長からこんな相談を受けました。「退職金が口座に入ったままになっているんですが、何か対策したほうがいいですかね?」という一言でした。

実はこの問いかけ、相続対策の観点からはかなり重要なサインです。退職金を現金のまま持ち続けると、その全額が相続財産として課税対象になります。相続税の最高税率は55%。何も手を打たなければ、長年会社に貢献してきた退職金が大きく目減りしてしまいます。

現金は「フルで課税」、不動産には「割引評価」がある

相続税の評価は、資産の種類によって大きく変わります。現金は1円=1円でそのまま課税されますが、不動産にはいくつかの特例があります。

まず土地の場合、「路線価」という国が定めた評価基準が使われます。これは市場価格のおよそ80%前後。時価1億円の土地でも、相続税評価額は約8,000万円になる計算です。

さらに、賃貸物件の場合は「貸家建付地」として追加の割引が適用されます。他人に貸しているぶん、自分が自由に使えないという理由から、評価額がさらに下がる仕組みです。建物も固定資産税評価額(市場価格の60〜70%程度)が基準になるため、トータルで見ると評価額の圧縮効果は相当なものになります。

1億円の賃貸物件が5,500万円になることも

具体的な数字で見てみましょう。

時価1億円の賃貸アパートを購入した場合、土地は路線価ベースで約8,000万円、さらに貸家建付地として評価が下がり、建物は固定資産税評価額で算定されます。最終的に相続税評価額が5,500万円前後になるケースも珍しくありません。

1億円の現金を持ち続けた場合と比べると、課税ベースが約45%圧縮されることになります。これが「退職金で賃貸不動産を買うと相続税が下がる」と言われる理由です。退職金を受け取ったタイミングで不動産購入を検討し、節税効果を享受している経営者は実際に少なくありません。

「節税だけが目的」の購入は否認リスクがある

ただし、ここには重要な注意点があります。節税目的のみで不動産を購入しても、税務調査で実態を問われた際に、評価の特例が否認されるリスクがあります。

特に、購入から短期間で相続が発生した場合、税務署が「実態に即した時価評価」を主張するケースが増えています。2022年以降、国税庁がこの種の節税スキームへの対応を強化しており、表面的な評価差だけを狙った購入には注意が必要です。

安全な考え方は「節税は副産物として享受しつつ、収益性のある物件を選ぶ」こと。立地・築年数・利回りをしっかり精査した物件であれば、節税効果と資産形成の両立につながります。

退職金の使途は、受け取る前から相談を

退職金を受け取ってから不動産に換えるタイミングも重要です。現金のまま眠らせておく時間が長いほど、万が一のときにフルで相続税がかかります。

かといって焦って購入するのは禁物ですが、「現金保有か、不動産活用か」という方針は、できれば退職前から税理士と相談して決めておくのが理想です。

退職金が確定する前の段階から動いておくと、物件探しの余裕も生まれ、条件の良い物件を選びやすくなります。まだ退職金の活用について本格的に考えたことがない方は、ぜひこの機会に信頼できる税理士に相談の場を設けてみてください。早めに動いた分だけ、選択肢が広がります。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。