先日、大阪で製造業を経営する65歳の社長から、こんな相談をいただきました。

「息子に会社を渡そうと思って、3年前から報酬の見直しをしたんです。でもこの前、税務調査が入りまして……」

電話口の声が、明らかに沈んでいました。

「完璧な承継プラン」のはずだった

田中社長が立てた計画は、こうです。後継者である息子さんの月額報酬を50万円から150万円に引き上げ、自分は20万円まで下げる。給与の差額分を息子に貯めさせて、将来的に会社の株を買い取れる資金を作らせる、というものでした。

税理士にも相談し、試算もしていた。数字の上では整合性もある。田中社長にとっては「これ以上ない承継プラン」だったはずです。

ところが3年後、税務調査が入りました。

調査官が目をつけた「月150万円」

税務調査で問題になったのは、息子さんへの月額150万円という報酬でした。

調査官は同業他社の役員報酬データを持ち出してきました。製造業、同規模、同地域——その比較データを見ると、息子さんの報酬は明らかに突出していた。

「過大役員給与」の認定です。

役員報酬は、法人税法上で「不相当に高額な部分」は損金に算入できないと定められています。つまり、実際に支払った報酬であっても、税務上は「払っていないもの」として扱われ、その分に法人税がかかるのです。今回の追徴額は、約900万円。3年分の積み重ねでした。

「根拠」がなければ、どんな報酬も危うい

なぜこうなったのか。田中社長のプランには、「なぜこの金額が適正か」という根拠がなかったのです。

適正報酬を守るために必要なのは、主に次の三つです。

  • 同業他社との比較データ(業界・規模・地域を揃えたもの)
  • 担当業務の内容と責任範囲の文書化
  • 段階的な引き上げの経緯と取締役会議事録

月150万円という金額自体が悪いわけではありません。ただ、その根拠を客観的に説明できるかどうかが、すべての分かれ目になります。税務調査は「結果」ではなく「プロセス」を見ます。どういう経緯でその報酬になったか、会社の規模や業績に見合っているかを、書類で証明できなければならないのです。

株の譲渡価格にも、もう一つの落とし穴

実はこの件、報酬の問題だけでは終わりませんでした。

田中社長が息子に株を譲渡する際の価格が、時価を下回っていたのです。

親族間・同族会社での株の売買では、「時価」という概念が非常に重要です。著しく低い価格で譲渡すると、時価との差額に対して贈与税が課せられるリスクがあります。今回はまだ確定していませんでしたが、税務署から「追加調査の可能性がある」と言われ、田中社長は二度目の青ざめを経験したといいます。

承継は「報酬の移行→株の譲渡→経営の委譲」という順番で進みますが、各ステップは互いに深く絡み合っています。報酬の設定が変われば会社の利益が変わり、利益が変われば株価が変わる。一つを変えると、連鎖的に影響が出るのです。報酬だけを先に動かして、株価や贈与税の整合性を後回しにすると、田中社長のようなことになります。

承継は「設計図」と「根拠書類」で守られる

田中社長のケースから学べることは、承継の設計と実行には「記録」と「根拠」が不可欠だということです。

どんなに合理的なプランでも、第三者に説明できる書類がなければ、税務署には伝わりません。報酬額の適正性を示す比較データ、株価算定の根拠となる評価書、取締役会の議事録——こうした書類が、いざというときの「防衛線」になります。

金額の大きさより、根拠の確かさのほうが、後々ずっと大切になります。

事業承継を考えているなら、報酬の変更に動く前に、まず税理士と「適正報酬の根拠づくり」と「株価への影響試算」をセットで相談しておくことをおすすめします。3年後に同じ後悔をしないために、今のうちに手を打っておいてください。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。