先日、静岡の税理士仲間からこんな話を聞きました。製造業を営む70代の社長が、後継者が見つからないまま廃業を決断し、相続が発生したときに3億円近い「余計な相続税」が発生してしまった、という話です。
「廃業したんだから、会社の財産はもう関係ない」——そう思っていたとしたら、それが最大の誤解です。
廃業で相続財産が一気に膨らんだ理由
田中社長(仮名)は、70歳になっても後継者が見つかりませんでした。長年の付き合いのある金融機関にM&Aを打診しましたが、業界の先行きもあってまとまらず、最終的に「廃業」という選択をとりました。
廃業自体は珍しいことではありません。問題は、廃業の仕方です。
会社を解散・清算すると、残った財産はすべて株主に「残余財産」として分配されます。田中社長の場合、自社株の評価額は約10億円。これが解散清算を経て現金化され、まるごと「相続財産」として計上されることになりました。
結果、相続税の計算に含まれる財産が一気に膨らみ、最終的に約3億円が余計にかかってしまいました。会社がなくなっても、税務署はしっかりついてくるのです。
知っていれば使えた「事業承継税制の特例」
日本には「事業承継税制の特例措置」という制度があります。中小企業の後継者が自社株を受け継ぐ際、一定の条件を満たせば相続税・贈与税を全額猶予(最終的に免除)できる制度です。
平成30年の税制改正で大幅に拡充され、2027年12月31日までの特例申請期間中は、以前より格段に使いやすくなっています。
田中社長のケースでは、もし廃業前に後継者候補への贈与を行い、この特例を活用していれば、自社株10億円にかかる相続税は最大で猶予・免除されていました。その差が約3億円です。
「後継者候補なんていない」と思われるかもしれませんが、制度上は血縁関係がなくても後継者になれます。長年勤めてくれた番頭さんや、信頼できる幹部社員という選択肢もあります。
廃業前に検討すべき3つの手順
廃業を決める前に、以下の順番で一度立ち止まってみてください。
まず、株価の引き下げです。廃業前に会社の株価を合法的に圧縮する対策を打てば、仮に廃業することになっても相続税の基礎となる評価額を下げられます。役員退職金の支給、設備投資など、複数の手段があります。
次に、後継者への株式の贈与です。親族や従業員への贈与を事前に行うことで、相続発生時の自社株保有割合を下げることができます。事業承継税制と組み合わせると効果は絶大です。
それでも難しい場合は、M&Aの再検討です。「うちは売れない」と思い込んでいるだけかもしれません。M&A仲介会社の選択肢は以前より格段に増えており、従業員数十名規模の中小企業でも成約するケースは増えています。廃業の前に、複数の業者に相談してみることをおすすめします。
「廃業」は最終手段にする
田中社長の話が痛ましいのは、「知らなかった」だけで3億円の差が生まれてしまったことです。法的には何も間違っていない。でも、税務の知識があれば、結果は大きく変わっていました。
廃業という選択は、あくまで最終手段です。決断する前に、株価対策・贈与・事業承継税制の活用を相談できる税理士に声をかけることが、経営者にとって最後の大仕事になるかもしれません。
2027年の特例申請期限まで、残り時間はそう多くありません。「まだ先のことだ」と思っている社長こそ、今すぐ自社株の評価額を確認するところから始めてみてください。一度数字を見るだけで、動けるオプションが見えてきます。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。