先日、年商8億円の製造業を営む60代の社長から、こんな相談を受けました。
「息子に会社を引き継がせるつもりではいるんですが、まだ若いし、もう少し様子を見てから考えようかと思っていまして……」
その言葉を聞いたとき、私はやんわりとこう返しました。「社長、その『もう少し待ちましょう』という判断が、最終的に数億円単位の損失につながることがあるんです」と。
承継を先送りするほど、税金は増え続ける
なぜ先延ばしがそれほど危険なのか。理由はシンプルです。
会社の業績が伸びるほど、自社株の評価額も上がります。評価額が上がれば、後継者に株式を渡すときにかかる贈与税・相続税の請求額も、そのぶん膨らんでいきます。つまり、放置しているあいだに「節税できたはずのお金」がどんどん消えていくわけです。
実は、日本の中小企業の約6割が、いまだに承継計画を立てていないといわれています。「まだ先のこと」と思っているうちに、気づけば株価が何倍にも跳ね上がっていた——そういう現実を、私はこれまで何度も目の当たりにしてきました。
2027年12月末が「ゲームチェンジャー」になる
いま、経営者が使える強力な制度があります。「事業承継税制の特例措置」です。
この制度を活用すると、後継者への自社株の移転にかかる贈与税・相続税が、最大100%猶予されます。つまり、実質ゼロの負担で株式を引き継がせることができるのです。
ただし、この特例には明確な期限があります。2027年12月31日がそのリミットです。
適用を受けるには、事前に都道府県知事へ「特例承継計画」を提出する必要があります。計画の提出期限は2024年3月末で締め切られているため、現時点では計画が承認済みの会社だけが利用できます。それでも、実際の株式移転自体は2027年末まで猶予されています。まだ間に合う可能性があるので、まずは専門家に自社の状況を確認してもらうことが第一歩になります。
年商10億円なら、節税額が3億円を超えることも
「特例措置」の威力を、数字で具体的に見てみましょう。
年商10億円規模の会社であれば、株式評価額が数億円に上るケースは決して珍しくありません。通常の相続であれば、その評価額に対して最高55%の相続税がかかります。
仮に株式評価額が6億円だとすると、相続税の負担は2〜3億円規模になることもあります。それが特例措置によって猶予(実質的には免除)されるとすれば、3億円近くが手元に残ることになる。これが「放置すると3億円消える」という話の実態です。
「うちはそんな大きな会社じゃないから」と思う方もいるかもしれません。ただ、年商5億円台でも、業種や利益率によっては株式評価額が2〜3億円を超えることがあります。自社の株価を一度も試算したことがないなら、それ自体がリスクだと思ってください。
株価を「事前に引き下げる」という発想
もうひとつ、事業承継の場面で見落とされがちな手法があります。それが役員退職金の活用です。
オーナー社長が現役を退く際に支払われる役員退職金は、会社の費用として計上されます。結果として会社の純資産が減り、自社株の評価額を引き下げる効果があります。株価が下がった状態で株式を移転できれば、その分だけ税負担を減らせるわけです。
税務上の目安として、功績倍率は2〜3倍が許容範囲とされています。たとえば最終報酬月額が100万円で、勤続30年の社長であれば、「100万円 × 30年 × 3倍 = 9,000万円」が一つの計算根拠になります。
ただし、退職金の金額が大きすぎると税務調査で否認されるリスクがあり、逆にタイミングを逃すと承継時に株価が高止まりしたまま打つ手がなくなります。「いつ」「いくら」払うかは、個別の事情を踏まえて慎重に判断することが求められます。
今すぐ動き始めてほしい理由
事業承継の準備には、一般的に3〜5年はかかるといわれています。
特例措置を最大限に活用するには、今から逆算して行動を始める必要があります。「2027年末まで時間がある」と思うのではなく、「実質的な準備期間はもう1〜2年しかない」という感覚で動いてほしいのです。
会社の業績が好調なうちほど、株価は高くなり、使える資金も増えます。でも、その同じ業績の良さが、将来の税負担を重くしてもいます。業績が良いいまこそ、承継の準備を始める絶好のタイミングなのです。
もし「うちはまだ大丈夫」と思っているなら、一度、事業承継を専門とする税理士に現状の株式評価額を試算してもらうことをおすすめします。数字を見てから「まだ先でいい」と判断するのと、何も見ずに先送りするのでは、まったく意味が違います。放置の代償は、必ずあとから数字に出てきます。今期中に一歩だけ、踏み出してみてください。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。