先日、顧問先の社長から「昔の知り合いが退職金で痛い目に遭ったと聞いて、急に不安になってきた」という連絡をいただきました。
その「知り合い」の話が、あまりにも他人事ではない内容だったので、今日はご紹介させてください。
創業30年、退職金は2億円のはずだった
田中社長は60歳。製造業を30年かけてゼロから育て上げ、ようやく引退を考え始めた頃のことです。
顧問税理士から「功績倍率3倍で計算すれば、退職金は2億円出せますよ」という話を受けていました。田中社長もそのつもりで、引退後の生活設計を立てていたそうです。
ところが、退職の手続きを進めようとしたタイミングで、税務調査が入りました。
「不相当に高額」の4文字が会社を直撃した
税務調査官が問題にしたのは、退職金の金額そのものではありませんでした。指摘されたのは「手続き」の不備です。
会社の中に退職慰労金規程が存在していなかったのです。
さらに、退職金の支給について株主総会での適正な決議も行われていませんでした。社長がひとりで決めた、あるいは形式的な書類だけが残っていた、という状態だったようです。
結果として、退職金の一部が「不相当に高額な給与」として否認されました。2億円を受け取るつもりが、税務上の損金算入が認められない部分が生じ、会社に法人税が追加でかかる事態になったのです。
功績倍率3倍は「上限」ではなく「目安」
ここで多くの社長が誤解していることがあります。
「功績倍率3倍まで大丈夫」という話を聞いたことがあるかもしれません。ただこれは法律で定められた上限ではなく、税務調査で否認されにくい目安として実務上使われている基準です。
仮に功績倍率の計算が正しくても、規程がなければ根拠がない。決議がなければ手続きが不正。税務署はそこを突いてきます。金額の問題ではなく、プロセスの問題として退職金が認められなくなるのです。
つまり「いくら出せるか」より先に、「どんな手続きで出すか」を整えておかなければならない。田中社長はその順番を逆にしてしまっていました。
規程と決議、この2つが先に来る
役員退職金を損金として認めてもらうために、最低限準備しておくべきことは2点です。
ひとつ目は退職慰労金規程の整備。支給基準・計算方法・支給時期などを定めた社内規程を、退職が決まる前から用意しておく必要があります。退職が決まってから慌てて作っても、後付けと見られるリスクがあります。
ふたつ目は株主総会の適正な決議。同族会社でも、議事録を正しく残すことが欠かせません。社長一人が株主を兼ねている場合でも、書類として記録を残すことが重要です。
この2つが揃って初めて、功績倍率や最終報酬月額の話になります。
「うちは顧問税理士がいるから大丈夫」が一番危ない
田中社長にも顧問税理士はいました。ただ退職金の細かい手続きまで、毎年の打ち合わせで確認していたわけではなかったようです。
税理士も神様ではありません。社長のほうから「退職金の準備はどうしたらいいか」と積極的に聞かないと、細部の確認が後回しになることはあります。
引退を考え始めたら、「功績倍率で計算するといくらになるか」ではなく、「規程と決議の準備は整っているか」を最初に顧問税理士に確認してみてください。
創業からの苦労の集大成である退職金を、書類の不備で取り逃がすのは、あまりにももったいない話です。退職まで5年以上あるうちに整備しておくのが、一番余裕のある動き方だと思います。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。