先日、顧問先の社長からこんな質問を受けました。「退職金の支払いをそろそろ考えているんだけど、書類って何を整えておけばいいの?」と。
一見シンプルな質問ですが、これは非常に重要なポイントを突いています。役員退職金は、きちんと準備すれば経営者にとって最後の大きな節税チャンスになる一方、書類の不備が原因で税務調査時に否認されるケースが後を絶たないからです。
税務署が退職金の調査に入るとき、真っ先に確認する書類は決まっています。この3つが揃っているかどうかで、その後の調査の展開がまったく変わってきます。
①株主総会議事録——「決議した証拠」が最初の関門
役員退職金は、株主総会の決議を経て支給されるものです。この議事録が存在しなければ、「適正に決議された退職金ではない」とみなされ、損金算入を認めてもらえないケースがあります。
議事録に必要なのは、退職する役員の氏名、退職年月日、そして支給金額または算定方法の明記です。「退職金については代表取締役一任とする」という書き方は、金額の根拠として弱いと見られることがあるため注意が必要です。
よくある失敗が「退職金は払ったけれど議事録は後から作った」というケース。支払い日よりも議事録の決議日が後になっていると、日付の整合性を指摘されます。税務署はこういった前後関係を細かく見ています。
②役員退職慰労金規程——功績倍率の「根拠」がなければ即アウト
次に確認されるのが、役員退職慰労金規程です。退職金の金額が適正かどうかを判断するとき、税務署が使うのが「功績倍率法」という計算方式です。
計算式はシンプルで、最終月額報酬 × 在任年数 × 功績倍率で退職金額を求めます。功績倍率は一般的に代表取締役で3.0倍、取締役で2.0倍程度が相場とされています。
たとえば、最終月額報酬100万円、在任20年、功績倍率3.0倍なら、退職金は6,000万円という計算になります。この金額が社内の規程と整合していなければ、「なぜこの金額なのか」という説明を求められます。
問題は、規程がそもそも存在しない会社が少なくないことです。規程がなければ、高額な退職金を支払っても「過大退職金」として損金否認されるリスクがあります。また、設立当初に作ったまま一度も見直していない、という会社も要注意です。
③登記簿謄本——在任期間を「日数単位」で確認される
3つ目は、登記簿謄本(履歴事項全部証明書)です。税務署は在任期間を日数単位で確認します。就任日から退職日まで、何年何ヶ月何日在任していたかを、登記簿と照合するのです。
この在任期間が退職金計算の「年数」に使われるため、処理上の数字と登記簿の記録がずれていると指摘を受けます。たとえば、社内計算では「20年」としているのに、登記簿を見ると19年と数ヶ月しかない、といった場合です。
代表取締役から取締役への役職変更がある場合は、さらに注意が必要です。役職ごとに功績倍率が異なりますが、その変更時期も登記に記録されています。功績倍率の適用期間と登記の内容が一致していなければ、追加で説明を求められることになります。
3書類に不備があると、どうなるか
これら3書類に不備があると、最悪のケースで退職金の全額、あるいは一部が損金否認されます。
仮に退職金5,000万円が否認され、法人税率30%で計算すると、1,500万円分の税負担が増えます。さらに修正申告による延滞税や過少申告加算税が加わると、追徴課税はさらに膨らみます。退職金を使った節税が、逆に大きなコストになってしまうのです。
書類の整備は、退職金の効果を守るための保険です。金額を決める前に、この3点が揃っているかを確認しておくことが、何より大切な準備になります。
準備は「退職の数年前」から始めるのが理想
退職金の支払いを数年後に予定しているなら、今から準備を始めるのがベストです。特に役員退職慰労金規程は、退職直前に慌てて作ったものより、数年前から存在していた規程の方が、税務署に対する説得力が高くなります。
株主総会議事録、役員退職慰労金規程、登記簿謄本——この3点セットの現状を、一度顧問税理士と一緒に確認しておくと安心です。書類が揃っている会社は、税務調査が入っても堂々と対応できます。まずは「うちの会社、規程はあるっけ?」という確認から始めてみてください。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。