先日、見知らぬ番号から電話がありました。「主人が先月亡くなりまして…。税理士の先生から相続税の試算を見せてもらったんですが、3億円と書いてあって、どうしたらいいのか」という声でした。

その方の夫は、地方の製造業を30年間経営してきた社長でした。従業員50名、年商10億円を超える、地域に根ざした会社です。息子に継いでほしいとは思いながらも、「まだ早い」「もう少し自分でやれる」と先延ばしにしていた。そこに突然の心筋梗塞が訪れました。

なぜ「3億円」という数字が出てくるのか

相続財産を調べると、驚くべき構造が浮かび上がりました。

預金や不動産など、いわゆる「普通の財産」は1億円ほど。ところが、それをはるかに上回る4億円が自社株の評価額として計算されていたのです。相続財産全体の実に70%以上が、自分の会社の株式でした。

「自社株って、上場していないから売れないんじゃないの?」と思う方も多いでしょう。その通りで、非上場の中小企業の株式は市場で売れるものではありません。しかし税務署は「もし売るとしたらこれだけの価値がある」という評価額を、法律に基づいて独自に計算します。業績が良く、利益を内部留保として積み上げてきた会社ほど、評価額が高く出る仕組みになっているのです。

「会社を売るしかない」という結末

遺族に現金はほとんどありませんでした。相続税は申告期限の10ヶ月以内に現金で支払わなければならない。銀行融資も難しい状況の中、家族が最終的に選んだのは「M&Aによる会社の売却」でした。

息子さんは「父から引き継いで、自分が大きくしていくつもりだった」と話してくれました。しかし、相続税という壁の前に、その夢は叶わなかった。30年かけて育てた会社は、見知らぬ企業グループの傘下に入りました。

これは特殊な話ではありません。私がご相談を受ける中で、似たような構造を抱えている会社は少なくないのです。

自社株は「放置するほど評価が上がる」

ここで知っておいてほしいのは、自社株の評価額は会社の業績とともに上がり続けるという事実です。

利益を出せば出すほど、内部留保が積み上がれば積み上がるほど、株の評価額は膨らみます。税務署から見れば、「儲かっている会社」=「高い株」です。つまり、先延ばしにするほどリスクが大きくなる。これが自社株問題の本質です。

主な対策としては、以下のようなアプローチがあります。

  • 役員退職金の活用:社長に退職金を支払うことで会社の純資産を減らし、株価を引き下げる
  • 不動産の活用:純資産額より低く評価される不動産を組み込み、評価を圧縮する
  • 事業承継税制の活用:一定の要件を満たせば、相続税・贈与税の猶予・免除を受けられる

どれも「いざとなれば使える」というものではなく、計画的に準備が必要なものばかりです。

事業承継税制は「早く動くほど有利」

特に法人版の事業承継税制は、うまく活用すれば強力な武器になります。後継者が自社株を引き継ぐ際の相続税・贈与税を最大100%猶予できる制度で、将来的には免除になる可能性もあります。

ただし、この制度には時間がかかります。都道府県への「特例承継計画」の提出から始まり、税務署への申請まで、最低でも1〜2年の準備期間が必要です。「社長が倒れてから動く」では間に合いません。

今回のケースがまさにそうでした。制度を使う機会すら、与えられなかったのです。

「まだ元気だから」は最大のリスク

経営者の方とお話すると、「自分はまだ50代だから」「健康診断も問題ない」という方が多くいらっしゃいます。その感覚は自然なことです。

でも、リスク管理とは「起きそうなこと」に備えるのではなく、「起きたときのダメージが大きいこと」に備えることです。自社株の問題はまさに後者で、放置して何も起きなければそれで良い。でも何かが起きたとき、会社ごと失う可能性がある。

今すぐ後継者に渡さなくていいんです。まずは「今の自社株評価額を知ること」から始めてみてください。顧問税理士に依頼すれば試算してもらえます。その数字を見た上で対策を検討する。それだけで、将来のリスクは大きく変わります。

自社株の対策は、「動き始めた日」が最も早い日です。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。