先日、ある経営者から聞いた話が、ずっと頭から離れません。愛知県で製造業を営んでいた田中社長が急逝された。創業50年、社員60名、地域に根ざした優良企業でした。

後を継ぐことになった息子さんが最初に受け取ったのは、経営権の引き継ぎ書類ではありませんでした。税務署からの一通の納税通知書でした。

会社の評価額は約5億円。届いた相続税の請求は、約2億2,000万円。

息子さんには、そんな現金がありません。非上場の自社株は買い手もいない。銀行に融資を相談しても、「相続税の支払いには対応できません」と断られた。結局、創業50年の会社は廃業するしかなかったのです。

年5,000社が同じ理由で消えている

これは特別な悲劇ではありません。日本では毎年、約5,000社がこれと同じ理由で廃業しています。先代が50年かけて築いた会社が、「相続税を払うお金がない」という理由だけで次の世代に渡せずに消えていく。

なぜこんなことが起きるのでしょうか。

自社株の相続税は「現金で払う」のが原則です。でも中小企業オーナーの財産の大半は、会社の株式に集中していることが多い。株は売れない、現金もない、という詰み状態に陥りやすいのです。非上場株は市場がないため相続後に買い手を探すのも現実的ではなく、物納(現物で税を払う方法)も非上場株は原則認められていません。

「うちの株はそんなに高くないはず」という思い込み

多くの社長がハマる落とし穴が、自社株の評価額を低く見積もっていることです。

非上場株式の評価は、国税庁が定めた財産評価基本通達に従って計算されます。会社の規模に応じて大会社・中会社・小会社に分類され、純資産価額や類似業種比準価額を組み合わせて算出します。

これを実際に試算してみると、多くの社長が「まさかこんなに高いとは」と驚きます。利益が出ている優良企業ほど、株価評価が高くなる仕組みになっているからです。田中社長の会社も、長年黒字経営を続けてきたからこそ5億円という評価になった。良い会社であることが、逆に相続の重荷になってしまうのです。

生前に打てる手が、複数ある

ただ、この悲劇は防げます。生前に正しい対策を取れば、相続税の負担を大幅に減らし、円滑な事業承継が可能です。

代表的な手法を整理しておきます。

役員退職金による株価引き下げ オーナー社長に多額の退職金を支払うと、会社の純資産が減り、株価評価が下がります。退職金自体にも優遇税制があるため、一石二鳥の効果があります。生前に実行できる最も効果的な手法のひとつです。

事業承継税制(納税猶予制度)の活用 非上場株式の贈与税・相続税について、要件を満たせば納税が猶予され、最終的には免除される制度です。2018年に使いやすい特例措置が加わりましたが、2027年3月末までに「特例承継計画」を都道府県に提出しないと適用できません。期限が迫っています。

暦年贈与による株式の分散移転 毎年110万円の基礎控除を活用して、少しずつ後継者に株式を移していく方法です。時間はかかりますが、コツコツ実行すれば相続時の課税対象を着実に減らせます。

「まだ先の話」が一番危ない

多くの社長が「自分の相続はまだ先の話」と思っています。でも相続は突然やってきます。田中社長も、まさか自分がとは思っていなかったはずです。

対策の入口はシンプルです。まず今の自社株の評価額を把握すること。それだけでいい。

顧問税理士に「うちの株、今いくらで評価されますか?」と一言聞くだけで、現状が見えてきます。そこから初めて、何をいつまでにすべきかが具体的になります。

50年間、地域のために雇用を守り続けた会社が、一通の納税通知書によって消えた。この悲劇を繰り返さないためにも、ぜひ今期中に自社株の評価確認を一度やってみてください。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。