先日、知人の税理士からこんな話を聞きました。
「遺言書が1枚あるだけで、1億円の相続争いが完全に消えた家族がいる」と。
最初は「そんな都合よく」と思ったのですが、話を聞くうちに、これは決して特別なことではないと気づきました。むしろ、準備をしているかどうかの差が、家族の未来を決定的に分けるのだと。
遺言書がないと、会社が「3分割」されてしまう
今回ご紹介するのは、東海地方で製造業を営む木村さん(70代)のケースです。
木村さんには3人の子どもがいました。長男が後継者として会社を引き継ぎ、すでに10年以上、実務のほぼすべてを担っていました。次男は別の会社に勤め、娘は結婚して家庭に入っています。
財産の内訳は、自社株が7,000万円、不動産が3,000万円、合計で約1億円。一見シンプルに見えますが、遺言書がない状態でこれを相続すると、法定相続分として3人に原則3等分されます。つまり、自社株も含めて3分割。長男だけでなく、次男と娘にも自社株の権利が発生してしまうのです。
「経営権」が家族の手に渡るとき
自社株の分散が何を引き起こすか、少し具体的に考えてみましょう。
次男が自社株の3分の1を持てば、株主としての権利が生まれます。重要な経営判断には株主総会の決議が必要になり、兄弟間で意見が割れれば会社は動けなくなります。最悪の場合、「会社を売れ」「今すぐ配当を出せ」という要求が来ることもあります。
後継者として10年働いてきた長男が、突然、経営の主導権を失う。これは法的に十分ありえる話です。実際に木村さんのケースでも、次男と娘が「自分たちにも相続の権利がある」と主張し始めたといいます。もし遺言書がなければ、裁判所での調停が長期化し、その間、会社経営も不安定になっていたでしょう。
それを防いだのは、1枚の公正証書遺言だった
ところが、木村さんには5年前に作成した公正証書遺言がありました。
内容はシンプルでした。自社株のすべてを長男に集中させる。次男と娘には、現金と生命保険金を使って、できる限り平等な配分になるよう手当てをする。この2点だけです。
遺言書が開封されると、家族会議はわずか1時間で終わりました。なぜこれほどスムーズだったか。父親の意思が明確だったこと、そして次男と娘も「損をした」と感じなかったこと。この2点が揃ったとき、相続の争いは起きません。
公正証書遺言が「最強」と言われる理由
遺言書には自筆証書遺言と公正証書遺言の2種類があります。
自筆証書遺言は費用がかからない反面、形式ミスで無効になるリスクがあります。全文を手書きする必要があり、細かいルールがあります。一方、公正証書遺言は公証役場の公証人が作成に関わるため、形式上の無効リスクがほぼゼロです。
費用は財産規模によりますが、1億円程度の財産であれば概ね10〜20万円ほど。何千万円もの争いを防げるなら、圧倒的に安い投資です。さらに、公正証書遺言は公証役場に原本が保管されるため、紛失の心配もありません。
生命保険との組み合わせが鍵だった
今回のケースで特に参考になるのが、生命保険の使い方です。
自社株は長男に渡す。でも次男と娘に「なにも残らない」では不満が生まれます。そこで木村さんは、次男と娘を受取人に指定した生命保険に加入していました。
生命保険金は原則として遺産分割の対象外です(相続税の計算には含まれますが)。つまり、長男に自社株を渡しながら、次男と娘には保険金で現金を手渡すことができる。「会社も守り、家族も揺れない」相続設計の典型例がここにあります。
動くなら、今日がベストタイミング
遺言書を作るのに、早すぎることはありません。
木村さんが遺言書を作ったのは65歳のとき。健康なうちに冷静な判断ができる状態で作ったからこそ、内容に説得力がありました。体が弱ってから作ると、「意思能力があったか」という争いに発展することもあります。
後継者がいる社長さん、財産に自社株や不動産が含まれている社長さん、子どもが複数いる社長さん。これらに一つでも当てはまるなら、今期中に専門家と「遺言書の設計」について話してみることをおすすめします。書くことで後継者が安心して経営に集中できます。それが最終的に、会社を守ることにつながります。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務・法務判断は税理士・弁護士にご相談ください。