先日、ある製造業の社長からこんな話を聞きました。「5億円で会社を売ったのに、翌年に1億円の税金が来た。あのとき誰かに教えてもらえていたら」と。

声に力がなく、それでも「まあ仕方ないか」と笑っていましたが、実はこの後悔、正しいタイミングで動いていれば避けられた可能性が高かったんです。

株式譲渡益の税率は「意外と重い」

M&Aで会社を売却した場合、受け取った売却代金に対してかかるのが株式譲渡所得税です。税率は所得税・住民税・復興特別所得税を合わせて約20.315%

一見「20%ならそんなに重くないのでは」と思うかもしれません。でも問題は、課税対象になる「譲渡益」の計算方法にあります。

譲渡益は「売却価格から取得費と譲渡費用を引いた額」で計算されます。この「取得費」というのが、自分で会社を設立した社長にとっては鬼門になりやすいポイントなんです。

取得費300万円、課税対象はほぼ5億円

冒頭のAさんの場合を見てみましょう。売却価格は5億円。でも取得費は設立当初に出資した資本金の300万円だけでした。

つまり課税対象の譲渡益はおよそ4億9,700万円。そこに20.315%をかけると、税額は約1億100万円になります。

設立当初に300万円を出資して会社をゼロから育て上げ、それが5億円になった。それだけ大きな利益が出たわけですから、税務上はそのまま「儲けた額」として計算される。頭でわかっていても、確定申告の書類を前にして初めてその数字をリアルに見たとき、Aさんは言葉を失ったそうです。

M&A前に「退職金」を受け取っておく手がある

では、どうすれば良かったのか。一つの有力な手段が、M&A交渉に入る前に役員退職金を設計・受け取っておくことです。

役員退職金には「退職所得控除」という強力な控除があります。勤続年数が長いほど控除額が大きくなり、さらに退職所得は「(退職金−退職所得控除)÷2」で課税所得を計算するため、同じ金額でも普通の給与や譲渡益と比べて圧倒的に税負担が軽くなります。

たとえば勤続30年であれば、退職所得控除だけで1,500万円(800万円+70万円×20年)が控除されます。さらに「÷2」の恩恵もあるため、数千万円の退職金を受け取っても実効税率が10〜20%台に収まるケースが多いのです。

タイミングがすべて。M&A交渉に入ったら遅い

ここで重要なのが「タイミング」です。

M&A交渉が始まると、買い手側は財務状況を精査するデューデリジェンス(DD)を行います。この段階で退職金を動かそうとすると「なぜ今?」と疑念を持たれたり、バランスシートへの影響を嫌がられたりすることがある。交渉の流れを壊すリスクもあるため、現実的にはほぼ手が打てません。

だからこそ、M&Aを検討し始めた段階で、つまり「そろそろ出口を考えようか」と思い立ったそのときに、税理士へ相談しておくことが不可欠なのです。

「5億売れた」より「手取りいくら残るか」を考える

M&Aは人生の大仕事です。その達成感は本物ですし、5億円という数字は確かに大きな成果です。でも経営者として最後まで計算し切らないと、思わぬところで足をすくわれます。

売却価格の交渉に全力を注ぐのと同じくらい、「税引き後に手元にいくら残るか」を早い段階でシミュレーションしておく。それが、出口戦略の本当の意味だと思います。

具体的な売却話はまだないけれど、いつかは考えている——そんな社長こそ、今のうちに税理士へ相談しておくことをおすすめします。数年後の確定申告で青ざめないために。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。