先日、製造業を経営する60代の社長から、こんな話を聞きました。
「10年前に税理士に勧められて保険に入ったけど、解約すると6,000万以上戻ってくるらしい。でも、どうすれば一番得なのか分からなくて」
この「どうすれば得なのか」という部分が、実は数百万円単位で結果を左右します。今日はその仕組みを、具体的な数字を交えてお伝えします。
逓増定期保険とは何者か
法人向けの保険の中でも、経営者に人気が高いのが「逓増定期保険」です。保険料の一部を損金として計上しながら、解約返戻金が年々増えていく設計になっています。
一般的な定期保険と違い、解約返戻率がピークを迎えるタイミングがあります。そのピーク付近で解約すると、払い込んだ総額を上回る返戻金が戻ってくるわけです。105%を超えるケースも珍しくありません。
払い込んだ保険料が節税になりながら、戻ってくるお金がそれ以上というのが、この保険の最大の魅力です。
6,300万円が法人に戻ってきたとき、何が起きるか
具体的な事例で考えてみましょう。
毎年600万円を10年間払い続けた場合、総払込額は6,000万円です。解約返戻率が105%であれば、返ってくるのは6,300万円。差額の300万円が「利益」として法人の帳簿に上がります。
ここで多くの社長が見落とすのは、この6,300万円が「いったん法人の収益」として認識されるという点です。何も対策しなければ、法人税が課されて終わりです。せっかく積み立てたのに、税金で削られていく——そんな結末を迎える経営者が実際にいます。
退職金と組み合わせると何が変わるか
解決策は、解約と同じタイミングで社長が退職し、解約返戻金を退職金として受け取る設計です。
退職金には「退職所得控除」という強力な税優遇があります。勤続年数20年超の場合、控除額は「800万円+70万円×(勤続年数−20年)」で計算されます。勤続30年なら1,500万円が非課税。さらに退職所得は控除後の金額を2分の1にした上で課税されるため、同額の給与と比べると手取りが大幅に増えます。
例えば6,300万円を退職金として受け取る場合、勤続30年であれば課税対象は(6,300万円−1,500万円)÷2=2,400万円です。同額を普通の役員報酬として受け取っていたら、課税対象はほぼ6,300万円になります。この差が、最終的な手取りに数百万円以上の影響を与えます。
「タイミングの同期」が全てを決める
ここで最も重要なことをお伝えします。
保険の解約タイミングと、社長の退職日は、できる限り近いタイミングで設計する必要があります。解約だけ先に行って法人に資金が入り、退職が翌期になってしまうと、解約益だけが先に法人課税されてしまいます。
逆に、退職金を支払ったあとに保険を解約しても、財源が手元にない状態で退職金を出すことになり、資金繰りに無理が生じます。
この「同期設計」を数年前から逆算して計画するのが、出口戦略の核心です。保険の解約返戻率がいつピークを迎えるか、そこから社長の退職年齢・退職日を逆算する。これをきちんとやっている経営者と、何となく保険に入り続けている経営者では、出口で大きく差が開きます。
計画していない解約が招くリスク
気をつけてほしいのは、保険会社から「そろそろ解約返戻率がピークです」と連絡が来たとき、慌てて動いてしまうケースです。
解約のタイミングだけを保険会社に合わせて動くと、退職の準備(後継者育成、議事録作成、退職金規程の確認など)が間に合わないことがあります。また、退職所得控除を最大化するには、勤続年数の計算や退職金規程の内容も事前に確認しておく必要があります。
「保険が解約できる年」と「退職できる年」を数年かけてすり合わせていくのが、理想的な進め方です。
まだ出口を考えていないなら、今すぐ確認を
法人保険に加入している社長の多くは、「とりあえず節税になる」という入口だけを意識して、出口の設計を後回しにしています。
しかし、保険の価値は出口で決まります。同じ6,300万円の解約返戻金でも、設計次第で手取りが1,000万円以上変わることがあります。加入から5年以上経過しているなら、今の解約返戻率と退職予定時期を照らし合わせて、出口設計を具体的に考え始める時期です。
担当の税理士や保険の設計者に「出口はどう考えていますか?」と聞いてみてください。その一言が、将来の手取りを大きく変えることになります。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。