先日、大阪の印刷会社を30年以上経営してきた65歳の社長から連絡をいただきました。「そろそろ引退しようと思うんですが、退職金の受け取り方で税金がずいぶん変わると聞いて…」と。
結論から言うと、その社長は10年前から準備していたおかげで、3,000万円の退職金をほとんど税負担なく手元に残すことができました。
早く仕組みを知りたい気持ちはわかります。ただ、この話の肝は「受け取り方」ではなく、「10年前に何を仕込んでいたか」です。
同じ3,000万でも、受け取り方で手取りが1,000万変わる
毎月の役員報酬として3,000万円分を受け取っていたとしたら、所得税・住民税の累進課税が容赦なくかかります。高所得者の実効税率は最大55%に達しますから、手取りは半分近くになることもあります。
ところが退職金は「退職所得」という別区分で計算されます。この区分には二重の優遇措置があります。まず勤続年数に応じた大きな控除があり、勤続30年なら1,500万円が丸ごと非課税。次に、控除後の残額に対してさらに1/2だけが課税対象になります。
3,000万円を例にとると、1,500万円の控除を差し引いた1,500万円の半分、つまり750万円だけが課税対象です。給与で受け取った場合と比べると、税負担の差は歴然としています。
経営者保険が「退職金の原資」になるまでの流れ
では、その退職金の財源をどう用意するか。現預金を積み上げておく会社もありますが、税理士がよく提案するのが法人名義の経営者保険です。
仕組みはこうです。法人が毎年保険料を支払い続けると、解約したときに「解約返戻金」として積み上がった資金が戻ってきます。保険の種類によっては保険料の一部を損金(経費)として計上できるため、積み立てながら法人税も圧縮できる。
引退のタイミングで保険を解約すると、返戻金が法人に入ります。その資金を使って役員退職金を支払う、という流れです。法人側では解約益と退職金支払いがほぼ相殺されるため、法人税もほとんど発生しない。個人側は退職所得として受け取れる。この二段構えが節税効果の正体です。
川田社長に何が起きたか
話を戻しましょう。大阪の川田社長(仮名)は、10年前に顧問税理士の提案を受けて法人名義の経営者保険に加入しました。毎年の保険料は一部を損金算入しながら、着々と積み立ててきた。
65歳で引退を決め保険を解約したところ、解約返戻金は約3,000万円になっていました。全額を役員退職金として支払い、川田社長は退職所得として受け取る。法人側では解約益と退職金支払いが相殺。結果、川田社長の個人税負担は給与受け取りの場合と比べ大幅に圧縮されました。
「10年前に動いていてよかった」という言葉が印象的でした。逆に言えば、引退直前に気づいても遅いということでもあります。
注意点:「全員に当てはまる」わけではない
正直に言います。経営者保険は万能ではありません。
解約返戻金が積み上がるには相応の時間が必要で、引退直前に加入しても効果は薄い。また、退職所得控除の計算には「役員在籍年数」が使われるため、勤続が短ければ控除額も小さくなります。さらに保険の種類・プラン・役員報酬の水準によって、効果はまったく変わります。「3,000万受け取って税ゼロ」がすべての人に再現できるわけではありません。
また、法人保険の損金算入ルールは2019年に大きく改正された経緯があります。今後も税制変更のたびに条件は変わりえるため、現行ルールのうちに設計しておくことに意味があります。
今すぐ動くべき人、もう少し先でいい人
50代〜60代の経営者で、引退まで10年以内という方には今すぐ動くことをおすすめします。保険の積み立て期間が長いほど返戻率は上がりますし、損金算入の恩恵も大きくなる。
一方で、まだ40代前半で事業の将来も不透明という方は、まず自社の財務基盤を固めることが先決です。保険料の支払いが経営を圧迫しては本末転倒です。
退職金の設計は、顧問税理士との「長期の共同作業」です。まだ退職金の話を税理士としたことがない経営者の方は、今期の決算打ち合わせのタイミングで一度テーブルに乗せてみてください。10年後の手取りが、大きく変わるかもしれません。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。