先日、顧問先の社長からこんな電話がかかってきました。
「退職金の話、もう少し早く聞いておけばよかった……」
その社長は、長年経営してきた会社を後継者に引き継ぐにあたり、退職金として1億円を受け取っていました。ところが、その後の税務調査で退職金の全額が「不相当に高額」と判断され、追加で数千万円の税負担が発生してしまったのです。
退職金の否認は「珍しい話」ではない
「そんな大げさな」と思うかもしれませんが、実は役員退職金の否認事例は全国で年間300件を超えています。退職金は金額が大きいだけに、税務署にとっても「調査ポイント」として目を光らせている項目のひとつです。
特に注意が必要なのは、金額が大きければ大きいほど標的になりやすいということ。1億円という数字は、それだけで調査の引き金になりかねません。
適正額の計算式を知っていますか?
役員退職金の適正額は、一般的に次の計算式で判断されます。
最終月額報酬 × 勤続年数 × 功績倍率
たとえば、月額報酬100万円・勤続年数20年・功績倍率3倍なら、適正額は6,000万円という計算になります。
ここで重要なのが「功績倍率」の数字です。実務上、功績倍率が2〜3倍の範囲に収まっていると否認リスクが低くなると言われています。ただし、これはあくまで目安であり、「3倍以内なら絶対に大丈夫」という法的な保証ではありません。
税務署が見るのは、その倍率を設定した「根拠」があるかどうかです。
「根拠書類がない」が一番危ない
冒頭の社長のケースで何が問題だったか、もう少し詳しくお話しします。
退職金の金額自体は計算式に照らすと許容範囲内でした。しかし税務調査が入ったとき、なぜその金額を設定したのかを証明する書類がほとんど残っていなかったのです。
取締役会議事録はあったものの、功績評価の具体的な内容や、業績への貢献を示す資料が不十分でした。結果として「恣意的に決められた高額退職金」と判断され、全額否認という最悪の結果になってしまいました。
根拠書類とは、具体的には以下のようなものです。
- 功績の具体的な内容をまとめた評価書
- 同業他社の退職金水準との比較資料
- 取締役会での審議内容を詳細に記した議事録
- 退職金規程(内規)と、その設定根拠
これらが揃っていなければ、どれほど計算式上「適正」に見える金額でも、税務署の目には「根拠のない高額支払い」と映ってしまいます。
否認されると何が起きるか
否認された場合のダメージは、単純な追徴税額だけではありません。
否認された退職金のうち「損金算入できない」と判定された金額に対して、法人税が課されます。さらに、悪質性があると判断されれば**重加算税35%**が上乗せされます。
1億円全額が否認されたケースでは、法人実効税率をおよそ33%として計算すると、追加の法人税だけで約3,300万円。重加算税が加われば1,100万円超の上乗せです。合計で4,000万円以上の追加負担になることもあります。
退職金は「支払ったあと」に修正するのが非常に難しい。いったん支払ってしまえば、やり直しはほぼ効きません。事前設計が命です。
今すぐできる3つの準備
退職金の税務リスクを下げるために、今の段階でやっておきたいことがあります。
まず、退職金規程(内規)を整備すること。金額算定の根拠をルールとして会社に明文化しておくことが、税務調査での説明力に直結します。
次に、功績の「見える化」を日頃からしておくこと。決算期ごとに社長の業績への貢献を簡単にまとめた記録を残しておくだけで、将来の根拠資料になります。
そして、退職の数年前から税理士と一緒に設計すること。退職直前に慌てて決めた退職金は、税務署の目に「お手盛り」と映りやすい。計画的に準備した形跡があるだけで、印象はまったく変わります。
「そのとき」が来る前に動いてほしい
退職金は会社人生の集大成であり、最大の節税機会のひとつです。ところが、ほとんどの社長が「まだ先の話」と後回しにしたまま、退職間際になって慌てて動き出します。
そのタイミングでは、根拠書類を積み上げる時間が足りません。年間300件超の否認事例の多くは、「準備不足のまま多額の退職金を支払った」ケースです。
もし退職の時期が10年後でも、今から退職金規程を整備し、功績の記録を残し始めることができます。早ければ早いほど、選択肢は広がります。ぜひ顧問税理士に「退職金の事前設計」を相談してみてください。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。