先日、60代の製造業の社長からこんな相談を受けました。
「自分が死んだら、息子に会社を引き継がせるつもりだ。遺言書も書いた。これで大丈夫だよな?」
正直に言うと、大丈夫ではありませんでした。むしろ、何千万円もの税金を余分に払うリスクを抱えた状態だったんです。
「相続で会社を渡す」という選択は、一見シンプルに見えます。でも実際には、生前に計画的に進める「事業承継」と比べると、税負担・リスク・経営の安定性において大きな差が出ます。今回はその差を3つに絞って整理してみます。
第3の差:税率そのものが違う
相続税の最高税率は55%です。たとえば会社の株式評価額が2億円だった場合、相続人の手元に渡るまでに、場合によっては数千万円単位の税金がかかります。
ところが、事業承継税制を活用すると、後継者が受け取る株式にかかる贈与税・相続税が実質ゼロになる制度があります。正確には「猶予」であり、一定の条件を満たし続けることで最終的に免除されるしくみです。
「猶予って、リスクがあるんじゃ?」と思う方もいるでしょう。確かに、後継者が株を売却したり、会社が倒産したりすると猶予が取り消されるケースもあります。ただ、それを踏まえてもなお、活用を検討する価値がある制度です。相続税55%と実質0%では、検討しない理由を探す方が難しいくらいです。
第2の差:株価を「意図的に下げる」タイミングが取れる
ここが、多くの社長が見落としている最大の盲点です。
相続の場合、株価は社長が亡くなった時点で自動的に確定します。業績が好調な年に突然亡くなれば、株価が高いまま相続税が計算されてしまいます。遺族には選択肢がありません。
一方、生前に会社を引き継ぐ事業承継では、あらかじめ株価を下げる対策を打ってから株式を移転することができます。具体的には、役員退職金の支給や設備投資、含み損資産の売却など、合法的な手段で株式評価額を圧縮するんです。
この差が、数千万円単位の納税額の違いに直結します。ある案件では、株価対策を1年かけて実施した結果、株式評価額が3億円から1.8億円まで下がり、贈与税の負担が大幅に軽減されたケースもありました。
「うちの会社はまだ元気だから先の話」と思っている社長ほど、早めに動いてほしいのが本音です。株価が高い今こそ、対策を始めるタイミングだからです。
第1の差:経営権が「分散」するかどうか
これが一番重要です。お金の話より、会社の存続に直結するからです。
相続が発生すると、遺産は法定相続人全員で分割することになります。会社の株式も例外ではありません。社長に配偶者と子ども3人がいれば、株式は4人に分散する可能性があります。
後継者の長男が株の40%を持っていても、残りの60%を母親・弟・妹が握っていたら、重要な経営判断ができなくなるケースがあります。最悪の場合、「株を買い取れ」と迫られ、後継者が多額の借金を背負う羽目になることも珍しくありません。
事業承継であれば、後継者に株式を集中させてから引き継ぐことができます。他の相続人には現金や不動産で遺留分を手当てする設計も可能です。「会社は長男に、自宅は長女に」といった形で、全員が納得できる分配を生前に設計できるのが、事業承継の大きな強みです。
経営権の分散は、税金の問題より深刻です。一度揉め始めると、解決に何年もかかることがあります。
生前承継を「早すぎる」と思わないでほしい
「まだ元気だし、引退は考えていない」という社長にこそ、この話を聞いてほしいのです。
事業承継は、承継を決意してから完了するまでに最低でも3〜5年はかかります。後継者の育成、株価対策、税制の活用、遺産分割の設計……やることは山積みです。
60代の今から始めれば、余裕を持って設計できます。70代に入ってから慌てて動くと、株価対策が間に合わなかったり、後継者が育ち切らないまま引き継ぐことになりかねません。
冒頭の社長には、その後じっくり話し合って、事業承継の準備を始めてもらいました。遺言書は遺言書で有効ですが、それだけでは会社を守れないことを理解してくれたんです。
もし「うちも相続で渡せばいいか」と漠然と考えている社長がいたら、一度、事業承継の専門家に現状を話してみてください。何もしないまま時間が過ぎるのが、一番もったいない選択です。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。