先日、創業30年のベテラン社長からこんな相談を受けました。
「来年引退しようと思っているんですが、退職金ってどうやって決まるんですか?そもそも、いまから何か手を打てますか?」
引退まで1年を切ってからの相談でした。話を聞いてみると、役員報酬は設立当初から月50万円のまま、一度も見直していないとのこと。正直に言えば、「もう少し早く相談してくれれば……」という場面です。
退職金の金額は、この計算式で決まる
役員退職金の計算方法は、実はシンプルです。多くの会社が採用しているのが、次の計算式です。
最終報酬月額 × 勤続年数 × 功績倍率
具体的に数字を当てはめてみましょう。月50万円・勤続35年・功績倍率3倍なら、退職金は5,250万円になります。
ところが、同じ勤続年数・同じ功績倍率でも、最終月額が150万円なら計算結果は1億5,750万円です。差額は実に1億円超。同じ35年間の経営者人生なのに、退職直前の報酬設計ひとつでこれだけの差が生まれるのです。
「最終報酬月額」が退職金の土台を決める
ここで重要なのは、計算式の最初にある「最終報酬月額」という言葉です。退職時点での月額がそのまま計算のベースになるため、退職前の報酬水準がそのまま退職金の規模を決定します。
つまり、退職を控えた社長にとって、退職前3年間の報酬設計が最後にして最大の節税チャンスになるわけです。この期間をどう使うかで、手元に残る金額が大きく変わります。
なぜ「3年」なのか
役員報酬は、原則として期首から3ヶ月以内に決定し、その事業年度中は変更できません(定期同額給与の原則)。つまり、引退が近づいてから急いで変えようとしても、制度上の制約があります。
さらに、退職直前だけを急激に引き上げると、税務署から「退職金額を水増しするための恣意的な増額」と判断されるリスクが高まります。税務調査で否認されれば、退職金の一部が損金として認められなくなるのです。
だから「3年」が目安になります。3年かけて段階的に引き上げることで、経営実態に見合った報酬変更として説明できるようになります。
段階的に引き上げるとはどういうことか
たとえば、現在月80万円の報酬を引退3年前から設計するなら、こんなイメージです。
- 3年前:月80万円 → 月100万円に変更
- 2年前:月100万円 → 月130万円に変更
- 1年前:月130万円 → 月150万円に変更
毎年の改定を株主総会の決議として記録に残し、議事録を整備する。この手続きのセットが、税務上の根拠になります。「なぜ上げたのか」を合理的に説明できる状態にしておくことが大切です。
報酬を上げれば当然、所得税・住民税の負担も増えます。それでも、退職金として受け取ったほうが税率が低くなるケースが多く(退職所得控除や1/2課税の優遇がある)、トータルでの手取りが増えることがほとんどです。報酬増加分の税負担と退職金の受取額を比較しながら設計するのが正しいアプローチです。
税務否認のリスクを避けるための実務ポイント
功績倍率は法律で上限が定められているわけではありませんが、税務実務では2〜3倍が一般的な目安とされています。これを大幅に超えると、「不相当に高額」として一部が損金算入できなくなる可能性があります。
特に注意が必要なのは、同業他社の退職金水準との比較です。税務調査では、「同規模・同業種の会社と比べて過大ではないか」という観点からチェックされます。自社の規模・業績・役員の在任期間を踏まえて、合理的な水準に設定することが重要です。
また、会社の定款や退職金規程が整備されているかどうかも見られます。規程がなければ、まず整備するところから始める必要があります。
引退を考え始めたら、まず動く
退職金設計は「引退の直前にやること」ではなく、「引退を考え始めたときにやること」です。3年という時間軸を確保できるかどうかで、選択肢の広さがまったく変わります。
「まだ先の話だから」と先送りしているうちに、気づけば1年前になっていた——そういう社長を何人も見てきました。せっかく長年かけて築いてきた会社ですから、最後の報酬設計も丁寧に行いたいところです。
引退まで3年以上ある方は、今すぐ顧問税理士に相談して設計を始めてください。すでに2年を切っている方も、できることはまだあります。現状の報酬水準と退職金試算を確認した上で、残された選択肢を整理してみてください。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。