先日、こんな話を聞きました。

埼玉で製造業を営む田中社長、60代。業績は堅調で、気づけば自社株の評価額が2億円を超えていました。息子への事業承継を考え始めたとき、ふと思ったそうです。「相続税、いくらかかるんだろう」と。

税理士に試算してもらったところ、億単位の数字が出てきました。問題は、納税資金がほとんど手元にないこと。財産の大半は自社株であり、現金化するには株を売るしかない。でも、承継するために残したい株をなぜ売らなければならないのか——そんな矛盾に直面したのです。

10年前の決断が、今になって光る

ところが田中社長には、実は備えがありました。10年ほど前、顧問税理士に勧められて法人で生命保険に加入していたのです。死亡保険金2億円の契約で、保険料は毎月法人が支払ってきました。

当時は「何となく節税になるから」という程度の認識だったそうです。でも、事業承継という文脈で改めて眺めてみると、この保険がまったく違う意味を持って見えてきました。

法人保険の本当の使い方

法人で生命保険に加入すると、保険料の一部または全部を損金として算入できるものがあります(契約形態や商品によって異なります)。これにより、保険料を支払っている間は課税所得を圧縮できる。

ただし、これは「節税」ではなく「課税の繰り延べ」です。解約したり、保険金が支払われたりしたタイミングで益金が発生し、そこで課税されます。

では、どこに価値があるのか。それは「お金の出口」の設計にあります。

田中社長のケースでは、将来的に自分が会社を退職するときに、保険の解約返戻金を退職金の原資として活用する設計が組まれていました。退職金は損金算入できるうえに、受け取る側も退職所得控除が使える。課税を繰り延べた資金を、もっとも税負担の少ない「退職金」という形で取り崩す——これが法人保険の王道的な活用パターンです。

相続税の納税資金という視点

さらに、田中社長のケースでもう一つ見逃せないポイントがあります。万が一、社長が現役中に亡くなった場合、法人には2億円の死亡保険金が入ります。

この保険金を活用して、会社が相続人(息子)から自社株を買い取る「金庫株(自己株式取得)」という手法が使えます。相続した株を会社に売ることで、相続人は現金を得て納税できる。会社は後継者が将来的に主導権を握りやすい株式構成に整えられる。

保険金という「現金」が法人に入ることで、承継時の資金詰まりを一気に解消できるわけです。

今すぐ確認してほしいこと

「うちも法人保険に入ってるけど、そういう設計になってるかな……」と思った社長は少なくないはずです。

チェックすべきポイントを整理すると、こうなります。

  • 保険金の受取人は法人か、個人か
  • 解約返戻率はどの時点でピークを迎えるか
  • 退職金規程と保険の満期・解約タイミングが合っているか
  • 自社株評価の現状と、将来の相続税試算が出ているか

これらが噛み合っていれば、保険は強力な承継ツールになります。逆に、何も設計されていない状態で「とりあえず入ってる」だけなら、もったいない使い方をしているかもしれません。

保険は「仕込み」に時間がかかる

田中社長が今回助かったのは、10年前に動いていたからです。保険は加入から解約・満期まで一定の年数が必要で、今から入っても効果が出るのは5年後、10年後の話になります。

「まだ承継は先の話」と思っているうちに動いておくのが、この手の対策の鉄則です。60代になってから慌てても、選択肢が狭まっていることがほとんどです。

自社株の評価が上がってきた、あるいは会社の業績が安定してきた——そのタイミングが、保険を活用した承継設計を考える最初のサインです。まだ手を打っていないなら、今期中に一度、顧問税理士と「事業承継の出口設計」という視点で話し合ってみることをおすすめします。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。