先日、精密部品メーカーを経営する60代の社長から、こんな相談を受けました。
「65歳で会社を後継者に譲るつもりなんですが、退職金って正直どれくらい出せるものなんですか?自分では何も積み立てていなくて……」
この社長、会社の業績は堅調で内部留保もそれなりにあります。でも退職金の設計は後回しにしていた。そういう方、意外と多いんです。
結論から言うと、3年という時間があれば、法人保険を使って退職金1億円を会社の税負担を最小限に抑えながら準備できる可能性があります。今回はその仕組みを、できるだけ平易に解説します。
法人保険を退職金の「器」として使う
法人保険の退職金活用、シンプルに言えばこういう仕組みです。
会社が契約者・受取人となって保険に加入し、保険料を毎月積み立てていきます。引退のタイミングで保険を解約すると、「解約返戻金」として会社にお金が戻ってきます。このお金を退職金の原資にするわけです。
重要なのは、解約返戻金は会社の「益金(利益)」として計上されるという点です。つまり何もしなければ法人税がかかります。ところが同じタイミングで役員退職金を支払うと、その退職金は「損金(費用)」として処理できるため、益金と損金がほぼ相殺されます。
会社側の税負担を大きく抑えながら、退職金として社長個人にお金を移転できる——これが法人保険を使う最大のメリットです。
受け取る側の税負担も驚くほど軽い
会社側の節税効果だけでも十分魅力的ですが、社長個人が退職金を受け取る側の税負担も、給与と比べてかなり有利です。
退職金は「退職所得」として扱われ、次の2つの優遇が受けられます。
ひとつ目が「退職所得控除」。勤続年数20年を超える部分については、1年あたり70万円の控除が認められます。たとえば勤続30年なら、800万円+70万円×10年=1,500万円もの控除が受けられます。
ふたつ目が「1/2課税」。退職所得控除を引いた後の残額をさらに半分にした金額が課税対象になります。同じ1億円でも、給与で受け取った場合と退職金で受け取った場合とでは、個人の手取りが数千万円単位で変わることも珍しくありません。
3年前から動くことの意味
先ほどの社長の事例に戻りましょう。引退まであと3年という時間は、実は法人保険の設計として絶妙なタイミングです。
返戻率のピークを引退時期に合わせた保険設計が可能ですし、3年間の保険料支払いを損金として計上できる余地もあります(保険の種類や設計によって損金算入割合は異なります)。退職金規程の整備もこの時期に済ませておく必要があります。
逆に言えば、「そろそろ引退を考えている」と思い始めた時点が、設計を始める最後のチャンスとも言えます。引退直前に慌てて動いても、返戻金のピークに間に合わなかったり、退職金規程の整合性に問題が生じたりするリスクがあります。
注意点:設計の質で効果は大きく変わる
法人保険を使った退職金積立は魅力的な手法ですが、設計次第で効果が大きく変わります。いくつか気をつけたい点を挙げておきます。
まず、2019年に税制改正があり、法人保険の損金算入ルールが厳格化されました。保険料の全額が損金になるケースは限られており、返戻率の高い保険ほど損金割合が制限される傾向があります。「昔聞いた話」をそのまま信じて設計すると、想定外の税負担が生じることがあります。
次に、退職金の金額は「不相当に高額」と税務署に判断されないよう、功績倍率法などに基づいた合理的な根拠が必要です。「1億円出したい」という希望から逆算するのではなく、会社の規模や役員報酬、在任年数を踏まえた適正額の範囲内で設計することが大前提です。
さらに、保険商品によっては解約時の返戻率が想定より低くなるケースもあります。設計時に示された数字はあくまでシミュレーション。保険会社と設計内容を細かく確認することが大切です。
動くなら今期中に
「退職金の準備なんて、まだ先の話」と思っている社長ほど、気づいたときには手遅れになっていることがあります。法人保険の活用は、時間を味方につけてこそ効果が最大化されます。
引退の5年前、10年前から動き始めた社長が、結果として最も有利な条件で退職金を受け取っています。まだ退職金の設計に着手していないなら、今期中に一度、税理士や保険の専門家に相談してみることをおすすめします。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。