先日、顧問先の社長からこんな相談を受けました。「退職金を3,000万円出したいんですが、功績倍率を3倍にしても大丈夫でしょうか」。
この質問への正直な答えは、「大丈夫かどうかは書類次第です」です。功績倍率3倍は決して珍しい数字ではありません。税務調査でも、きちんと根拠を示せれば認めてもらえます。ただし、根拠なく高い倍率を使えば「過大退職金」として否認されるリスクが生じます。
では、具体的に何を用意すればいいのか。結論から言うと、必要な書類は3種類です。
①役員退職金規程――「いつ作ったか」が命
まず確認すべきは、役員退職金規程が「いつ作られたか」という点です。
税務調査でよく問題になるのが、退職金を払う直前に規程を作るケース。「退職が決まってから慌てて整備した」と判断されると、金額を恣意的に決めたと疑われます。退職金規程は、社長が就任した段階か、少なくとも功績倍率の計算方法が具体的に決まった時点で、取締役会議事録とセットで残しておくのが鉄則です。
議事録の日付は偽れません。「規程通りに計算した結果が3倍相当になった」という説明ができれば、交渉の主導権は格段に変わります。まだ規程を整備していない会社は、今期中の対応をおすすめします。
②功績調書――数字とエピソードの2軸で作る
次に重要なのが、社長が在任中にどれだけ会社に貢献したかを記録した「功績調書」です。
「社長なんだから貢献して当たり前では」と思う方もいますが、税務署は口頭説明ではなく証拠を見ます。功績調書には、たとえばこんな内容を盛り込みます。
- 就任時の年商・純利益と現在の数値の比較(例:就任時1.2億円→現在8億円)
- 新規事業の立ち上げや大型取引の開拓実績
- 従業員数や拠点数の推移
- 業績低迷期の立て直しエピソード
- 個人保証を負っていた期間と保証額
特に個人保証は見逃せないポイントです。社長が会社の借入に個人保証をしていた期間があれば、それは通常の給与では補いきれないリスクを長年にわたって背負ってきた証拠になります。功績倍率を高く設定する理由として、税務調査でも有力な論拠になります。
数字で語れるものは数字で、定性的なものは具体的なエピソードで。この2軸で作ると、説得力のある調書になります。
③同業他社との比較資料――最も見落とされている書類
3つの中で、最も多くの社長が用意できていないのが、この比較資料です。
税務調査で使われる「相当性」の判断基準の一つが、「同業・同規模の会社が払う退職金の水準と比べて高すぎないか」という点です。つまり、業界の相場感と照らし合わせる作業が必要になります。
比較資料の素材としては、中小企業庁や業界団体が公表しているデータ、商工会議所のアンケート結果、上場企業の有価証券報告書などが使えます。「うちの業界にはデータがない」という場合でも、類似業種のデータや専門家へのヒアリング結果を文書化しておくだけで大きく違います。大切なのは「市場調査を行った上で金額を設定した」という事実を残すことです。
この資料がない状態で功績倍率3倍を申告すると、調査で「高すぎる根拠は?」と聞かれたとき、答えに詰まります。あるとないとでは、調査官との交渉の流れが変わります。
書類を作るタイミングが、すべてを決める
3つの書類に共通する最重要ポイントは、退職を決める前から整備しておくことです。
退職が決まってから慌てて揃えても「後付け」と判断されるリスクがあります。特に役員退職金規程と功績調書は、在任中から少しずつ積み上げておくべきものです。まだ社長の引退が5年先、10年先であっても、今からこの3枚を意識した記録を残し始めることをおすすめします。
役員退職金は、社長の人生で最大の節税チャンスの一つです。その設計は、退職当日ではなく、在任中の積み上げで決まります。書類が揃っているかどうかを、一度顧問税理士と一緒に確認してみてください。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。