「退職金を1億円にしたいんですが、問題ありませんよね?」
先日、製造業を営む60代の社長からこんな相談を受けました。40年近く会社を支え続けてきた自分へのご褒美として、退職金を大きく設定したいというお気持ちはよくわかります。
でもその場で私は正直に伝えました。「功績倍率の設定次第では、税務調査で3,000万円以上追徴されたケースがあります」と。社長の表情が一瞬固まったのは言うまでもありません。
功績倍率3.5倍で起きた実際の悲劇
ある中小企業の社長が、役員退職金を1億円超に設定しました。功績倍率は3.5倍。会社への長年の貢献を正当に評価した、社長自身は納得の金額でした。
ところが数年後の税務調査で、税務署は「不相当に高額」と判断。功績倍率3.5倍に基づく超過分が全額損金否認され、追徴課税の総額は約3,000万円に達しました。
退職後の生活費として受け取っていた退職金が、突然3,000万円の請求書に化けた——そんな現実が、今この瞬間も起きています。
功績倍率とは、どう計算されるのか
役員退職金の適正額は、一般的に次の算式で求めます。
退職金 = 最終月額報酬 × 勤続年数 × 功績倍率
功績倍率は、役員の会社への貢献度を数値化したものです。代表取締役であれば3倍、専務・常務であれば2〜2.5倍、平取締役であれば1〜2倍程度が実務上の相場とされています。
法律上の上限は定められていません。しかし代表取締役で3倍を超えると、税務署の審査が格段に厳しくなるのが実態です。
なぜ「3倍」が見えない壁になるのか
税務署が功績倍率の妥当性を判断する際、主に二つの軸で見てきます。
同業・同規模他社との比較——税務署は類似会社の支給実績と照らし合わせます。業界平均を大きく上回る倍率は、それだけで「高額すぎる」という疑いを持たれやすくなります。
株主総会の決議内容——退職金の決定プロセスが書類として残っているかどうかも審査されます。議事録に根拠の記載がなければ「恣意的に設定した」とみなされるリスクがあります。
3倍超の設定自体が即アウトではありませんが、この二つが不十分だと、損金否認のターゲットになりやすくなります。
追徴を防ぐための3つの準備
退職金を高額に設定したい場合、事前の準備が何より重要です。
1. 株主総会議事録への具体的な根拠の記載 「功績を評価し功績倍率3.0倍とする」だけでは弱いです。「〇〇事業の立ち上げ、売上の〇倍増加、従業員数の〇名拡大といった具体的実績を踏まえ」という形で肉付けすることが重要です。
2. 同業他社の比較データの収集 業界団体の統計や税理士が持つ支給実績データを入手し、自社の設定が業界水準と乖離していないことを示せる資料を事前に準備しておきます。
3. 退職の3〜5年前から税理士と設計を始める 直前に「1億円にしたい」と相談しても、調整できる時間が限られます。早めに動いておくことで、退職金規程の整備や月額報酬の設定見直しなど選択肢が広がります。
節税効果を活かすために今できること
役員退職金は正しく設計すれば、会社の損金として計上でき、社長個人の手取りも最大化できる強力な節税ツールです。しかし功績倍率を高く設定しすぎると、その節税効果が丸ごと消えるどころか、追徴税という形でむしろマイナスになることもあります。
自社の退職金規程が古いまま放置されていたり、功績倍率の根拠が曖昧だったりするなら、今期中に一度顧問税理士と棚卸ししておくことをおすすめします。3,000万円の追徴税を払ってから気づくのでは、取り返しがつきません。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。