先日、ある製造業のオーナーから聞いた話が、ずっと頭から離れません。30年間ひとつの会社を育て上げ、ようやく清算して引退するタイミングで退職金8,000万円を受け取った。「これで楽になれる」と安堵していた矢先、3年後に税務調査が入り、2,000万円を超える追徴課税の通知が届いた——というのです。

原因は「退職所得の受給に関する申告書」の提出漏れ。たった1枚の書類が、数千万円規模の損失につながった実例です。

退職金には「特別優遇」がある

退職金は、給与や賞与とはまったく異なる税の扱いを受けます。まず「退職所得控除」という大きな控除が使えます。勤続30年なら控除額は1,500万円。8,000万円の退職金であれば、まずここで1,500万円を差し引けます。

さらに、残った金額をさらに2分の1にしてから所得税を計算する「1/2課税ルール」が適用されます。8,000万円から1,500万円を引いた6,500万円の、半分の3,250万円に対して課税されるということです。

同じ金額を給与として受け取っていたら、8,000万円の全額が課税対象になります。退職金という形で受け取ることの、圧倒的な税務メリットがここにあります。

「申告書なし」で何が起きるか

この優遇税制を受けるために必要なのが、「退職所得の受給に関する申告書」です。支払者(会社)に提出することで、退職所得控除と1/2課税を適用した正しい税額で源泉徴収が行われます。

この申告書を出し忘れると、退職金の全額に対して一律20.42%の源泉徴収がかかるか、もしくは源泉徴収もされないまま全額が手元に来ることがあります。そして確定申告もしなければ、申告漏れとなります。

冒頭のオーナーはまさにこのケースでした。会社清算の慌ただしさの中で申告書を出し忘れ、源泉徴収もされないまま退職金を受け取り、確定申告も放置してしまった。

追徴の「複利構造」が怖い

3年後の税務調査で申告漏れが発覚し、本税は約1,370万円でした。しかし最終的な追徴は2,000万円を超えています。差額の約630万円の正体は、無申告加算税と延滞税です。

無申告加算税は、申告すべき税額の15〜20%(高額だとさらに加重)。延滞税は納付期限から実際の納付日まで年率7〜14%前後で積み上がります。3年放置すれば、それだけで数百万円になります。

正しく申告書を提出していれば、退職所得控除と1/2課税で税負担を大幅に圧縮できていました。「申告書1枚の提出漏れ」が、最終的に600万円以上の余分な支出を生んだことになります。

清算の「慌ただしさ」が最大のリスク

会社清算や廃業のタイミングは、やるべき手続きが山積みです。登記、資産処理、取引先への連絡、従業員への対応——その渦中で、個人の税務手続きが後回しになりがちです。

特に注意が必要なのは、申告書は「退職金の支払いを受ける前」または「支払いを受ける日」に提出が必要という点です。後から気づいても確定申告で補正できる場合はありますが、申告漏れ扱いになれば加算税・延滞税は避けられません。

押さえておきたい3つのポイント

税理士として特によく確認をお願いしている点です。

  • 申告書の提出先と期限:支払者(会社)への提出が必要。退職金の支払い前が原則
  • 勤続年数の端数処理:1年未満の端数は切り上げ。30年6ヶ月は31年扱いになり、控除額が変わります
  • 同一年に複数の退職金がある場合:役員報酬の精算と退職金が重なるケースでは、合算計算が必要になることがあります

引退や清算を考えているなら、退職金の受け取り方と申告書の準備を、スケジュールの最優先事項に入れておいてください。「あとでやる」が最も高くつく手続きのひとつです。今期中に退職金の受け取りを予定しているなら、今すぐ担当の税理士に申告書の段取りを確認しておくことをおすすめします。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。