先日、60代の製造業オーナーからこんな相談を受けました。「息子に会社を継がせたのは3年前。でも相続税の対策が追いつかなくて…」。話を詳しく聞いてみると、事業承継と相続対策をまったく別の話として、別々のタイミングで進めていたことがわかりました。
結論から言えば、この社長が最終的に納付することになった税金の合計は、1億2千万円超でした。
「まず承継、それから相続」が落とし穴になる
事業承継と相続対策は、どちらも重要だということは多くの社長がご存知です。問題は、この2つをまったく別のテーマとして切り離してしまうことにあります。
「まず会社を息子に渡してしまい、それから相続の対策を考えよう」——この順番が、取り返しのつかない結果を招くことがあります。事業承継を先に済ませてしまうと、自社株の評価額が高いままの状態で株式の移転が完了します。その後に相続対策を始めようとしても、すでに手遅れになっているケースがあるのです。
埼玉の田中社長が払った1億2千万円
埼玉で製造業を営む田中社長(仮名・65歳)の話です。
田中社長は後継者である息子への事業承継を先に進めました。自社株の評価額が高いままの状態で、株式を息子へ贈与しています。このとき、当然ながら贈与税が発生しました。
その後、相続対策を別途始めようとしたところで気づいたのです。「承継のときに株の評価を下げておかなかった」という事実に。後継者への株贈与では贈与税、田中社長が亡くなったあとは相続時にも相続税——2段階で課税される構造が出来上がっていました。
結果、合計1億2千万円超の税負担が確定しています。「最初から一体で設計していれば」と後悔しても、承継が完了した後では手の打ちようが限られます。
なぜ「一体設計」でないと意味がないのか
自社株の評価額は、会社の業績・純資産・配当実績などで決まります。そして、この評価額を合法的に引き下げる手法はいくつか存在します。役員退職金の支払いや設備投資のタイミング調整、含み損資産の処理など、打てる手は複数あります。
ただし、これらの手を打つには時間が必要です。1〜2年で一気に評価を下げることは難しく、最低でも3〜5年のスパンで計画的に進める必要があります。事業承継と相続対策を別々に動かすということは、この「評価引き下げ」のタイミングを丸ごと逃すことを意味します。
承継が完了してしまえば、株式はすでに後継者の手にあります。そこから評価を下げても、相続財産としての課税は避けられません。
正しい進め方は3ステップ
① 自社株評価と相続税の同時試算
まず現時点での自社株の評価額を確認し、そこから相続税がいくらになるかを試算します。「なんとなく高そうだから対策が必要」という感覚では動けません。数字を出してはじめて、どこをどう手を打つべきかが見えてきます。
② 承継と相続の一体設計
株式の移転計画(誰に・いつ・どのように渡すか)と、相続財産の圧縮計画(評価引き下げ・生命保険の活用・暦年贈与など)を同じテーブルに並べて設計します。どちらか一方を先行させるのではなく、両輪として動かすことが肝心です。
③ 株価引き下げ後に承継を実行
評価引き下げの手を打ち終えたタイミングで、はじめて本格的な株式移転を実行します。この順番を守るだけで、税負担は大きく変わる可能性が高くなります。
なぜ5年以上前に動くべきか
実務的な目安として、事業承継の実行から逆算して5年以上前に動き出すことが理想とされています。理由はシンプルで、税務対策のほとんどが「時間をかけることで効果が出る」設計になっているからです。
贈与は暦年で少しずつ行う、生命保険は解約返戻金が高まるまで持ち続ける、評価引き下げは複数期にわたる業績コントロールが必要——どれも短期では完成しません。「来年あたりに息子に渡そうかな」という段階で相談に来ても、正直なところ選択肢はかなり絞られます。
逆に言えば、今60歳なら10年後の承継を見据えて今から動くことで、取れる手の数が圧倒的に増えます。
「事業承継はそのうち考えればいい」「相続対策はまだ早い」と感じているなら、まずこの2つを同じ問題として捉え直すことから始めてください。田中社長の1億2千万円は、「順番を間違えた」ことへの代償でした。その代償を払わないために、動き出すタイミングは早ければ早いほど有利です。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。