先日、創業32年の精密機械メーカーを経営するTさんから、こんな相談を受けました。「税理士に自社株の評価額を計算してもらったら、10億円を超えていた。息子に継がせたいのだが、相続税がいくらになるか、怖くて聞けていない」と。
試算の結果をお伝えしたとき、Tさんの顔色が変わりました。概算で約4億円。現預金で4億円をすぐに用意できる中小企業オーナーは、ほとんどいません。
「現金がなければ株を売る」——それは会社を手放すこと
相続税は、原則として現金で一括納付します。4億円の現金を用意できなければ、延納(分割払い)か株の物納しか選択肢がありません。
物納とは、自社株を国に渡すことです。つまり、会社の支配権を失います。最悪の場合、第三者が株主になります。「会社を子どもに残したかったのに、知らないうちに手放すことになった」——これは決して絵空事の話ではありません。
評価額が高騰していることに気づかず無対策のまま相続が発生し、後継者が会社を維持できなくなるケースは毎年起きています。経営者が元気なうちに手を打てるかどうかで、会社の命運が分かれます。
知っている社長が使っている「特例措置」
こうした悲劇を防ぐために設けられているのが、事業承継税制の特例措置です。
後継者が自社株を引き継いだときにかかる相続税・贈与税を、最大100%猶予してくれる制度です。要件を満たし続ける限り猶予が継続され、実質的に相続税がゼロになるケースも珍しくありません。
ただし、この特例措置には大きな制約があります。2027年12月末までに特例承継計画を提出し、一定の要件を満たす必要があるのです。
「まだ先の話」と思っている方に申し上げます。2027年末まで、残り約1年半です。
1年遅れるだけで、使える制度が消える
事業承継は、「決めた」から「実行できる」まで、準備に1〜2年かかります。後継者の選定、自社株評価の把握、経営計画の作成、専門家との調整——やることは山積みで、思い立ってすぐ動けるものではありません。
さらに、自社株評価を合法的に下げる対策も並行して行う必要があります。評価額が高いまま承継すると、猶予を受けるための要件(雇用維持など)を将来満たせなくなったときのリスクが残ります。役員退職金の活用、計画的な設備投資、持株会の設立といった手法は、承継の前に手を打っておくのが鉄則です。
「来年やろう」と思っているうちに特例措置の期限が切れた社長を、私はこれまで何人も見てきました。
「うちは関係ない」と思う前に確認してほしいこと
「自社株10億円なんてうちには関係ない」と感じる方もいるかもしれません。しかし、業種によっては思わぬ高評価になることがあります。
特に製造業・サービス業など収益力の高い業種では、年商2〜3億円の会社でも評価額が数億円を超えるケースは珍しくありません。非上場株式の評価は複雑で、オーナー自身が把握できていないケースのほうが多いくらいです。
まず税理士に「自社株評価額」を計算してもらうことが、すべての出発点です。その数字を見てから動いても、2027年末の期限に間に合わない可能性があります。今すぐ動いても間に合うかどうか、というのが現実の水準感です。
事業承継の対策は、やろうと思ったその日が一番早い日です。「まだ元気だから大丈夫」「息子もまだ若いから」——そう言う社長ほど、手遅れになるリスクを抱えています。会社を守りたいなら、今期中に一度、事業承継税制の特例措置について専門家に相談することを強くおすすめします。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。