先日、ある製造業の社長からこんな相談を受けました。
「息子に会社を渡すつもりだけど、まだ自分がいないと心配で……。もう少し先でいいかな」
年商は10億円を超え、ここ数年で業績は右肩上がり。息子さんも30代で、後を継ぐ意欲は十分にある。客観的に見れば、承継のタイミングとしては理想的な状況です。
でも、こういった「もう少し先で」という先延ばしが、実は一番高くつく選択になりやすいんです。
5年放置で、評価額が4倍になった実例
以前、私が関わったケースをご紹介します。
売上が安定して伸びていたある会社のオーナー社長が、60代に差し掛かったころ「そろそろ承継を考えないと」と口にしていました。でも実際には動かず、そのまま5年が経過しました。
その間、会社の業績は順調でした。問題はここです。業績が良くなるほど、自社株の相続税評価額も上がっていきます。
5年後に試算してみると、当初2億円程度だった株式の評価額が、8億円近くに膨らんでいました。約4倍です。もし当初のタイミングで手を打っていれば、相続税の負担は大きく圧縮できていたはずです。後継者の息子さんが実際に直面することになった相続税の額は、3億円を超えていました。
なぜ「業績好調」が裏目に出るのか
自社株の評価額は、会社の純資産や利益をもとに計算されます。会社が成長するほど、評価額は上がっていく仕組みです。
これ自体は避けられない話ではあります。問題は、評価額が上がってからでは使える対策が限られてくることです。
事業承継で活用できる主な対策には、持株会社(ホールディングス)の設立、役員退職金の活用、株価引下げ策などがあります。持株会社は株式を移転しやすい構造に組み替えるもの、役員退職金は退職金を支払うことで会社の純資産を圧縮して株価を引き下げるものです。
どれも「時間がかかる」という共通点があります。持株会社の設立だけでも、法律的な手続きに加えて、金融機関との調整や税務上の効果が安定するまでの期間が必要です。
「1年前に相談」では間に合わない
よくあるパターンは、社長が70歳を過ぎたあたりで「そろそろ動こうか」と相談に来るケースです。
でも、そのタイミングでできることはかなり限られます。持株会社を設立しても、税務上の効果が安定するまで2〜3年はかかります。役員退職金も、就任からの年数や功績倍率など、長期間の実績をもとに計算されます。「来年退職するから、退職金をたっぷり出してほしい」という話は、そう簡単にはいきません。
1年前では手遅れ、というのは大げさでもなんでもありません。多くのケースで「もっと早く来てくれれば……」というのが正直な感想です。
承継対策の「リミット」は5年前
では、いつから動けばいいのか。
目安としては、承継の想定時期から逆算して5年前には動き出していることが理想です。60歳での承継を考えているなら55歳から、65歳なら60歳から。会社の規模や現状の株価水準、後継者の状況によって変わりますが、「まだ先でいい」と思っている間に、選択肢はどんどん減っていきます。
会社が好調なときこそ、動くチャンスです。業績が下がってから対策を打っても、株価引下げ効果は薄くなります。逆に言えば、利益が出て評価額が高くなる前に構造を変えておくことが、事業承継における節税の本質でもあります。
今期中に、一度だけ確認してみてください
「引退なんてまだまだ先の話」と思っている社長ほど、一度だけ現状の自社株評価額を確認してみてください。
税理士や専門家に依頼すれば、現状の評価額と、何も対策しなかった場合の5年後・10年後の試算を出してもらえます。その数字を見てから判断しても、遅くはありません。
大切なのは「知らずに先延ばしにすること」を避けることです。知った上で「今は動かない」という選択と、知らずに放置することは、結果がまったく違います。後継者に余計な税負担を背負わせないためにも、今期中に一度、事業承継の現状確認をしておくことをおすすめします。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。