先日、顧問先の経営者から血相を変えた電話が届きました。「税務調査で、退職金が全部ダメだと言われました——」
創業30年、会社を一代で育て上げた社長が、引退前に自分へ支払った退職金2,000万円。それが税務調査で「全額否認」になったのです。理由を詳しく聞いてみると、書類上の不備が3つ重なっていました。
役員退職金は適切に設計すれば、会社と経営者の双方にとって最大の節税機会のひとつです。ただし「書類の不備」ひとつで、何千万円もの退職金が否認されるリスクがある。「うちは大丈夫だろう」と思っている社長ほど、後になって青ざめることがあります。
実際の税務調査でよく問題になる「書類ミス」を、重大度の高い順にご紹介します。
第3位:退職金規程がない、または金額が計算式と合わない
役員退職金を「会社の費用」として認めてもらうには、社内規程に基づいて支給されていることが大前提です。退職金規程が存在しない、あるいは規程はあっても「最終報酬月額 × 在籍年数 × 功績倍率」という計算式と、実際に支払った金額が一致していない——これだけで、税務署から「恣意的な支給」と見なされます。
よくあるのが、「規程はあるんですが、特別に頑張ってくれたので少し色をつけました」というケースです。気持ちはわかるのですが、税務的には根拠のない上乗せとして否認の対象になります。規程に書かれた計算式を使い、実際の支給額と一致させることが鉄則です。
第2位:取締役会・株主総会の議事録が怪しい
役員退職金の支給は、取締役会や株主総会で「承認した」という記録が必要です。ここで問題になるのが、議事録の日付や署名が不自然なケース。
「形式上は作ったが、退職金を払ってから後付けで作成した」という会社が、驚くほど多いのです。議事録の日付が退職金の振込日より後になっていたり、署名した役員がすでに退任済みだったり——これらは税務調査官にすぐ見抜かれます。
承認プロセスの正当性を証明できない以上、退職金は「会社の恣意的な金銭移動」として処理されてしまいます。議事録は支給前に作成し、署名も適切なタイミングで行うことが必須です。
第1位:功績倍率の「根拠」がまったくない
最も否認につながりやすいのが、この功績倍率の問題です。
退職金の計算式における功績倍率は、一般的に「最大3.0倍」が相場とされていますが、なぜその倍率にしたのかを説明できなければなりません。同業他社の役員退職金水準との比較資料、その役員が在職中に会社にどう貢献したかを示す実績記録——こういった裏付け書類がないと、税務署から「なぜ3.0なのか」と詰められたとき、何も答えられなくなります。
2,000万円の退職金が否認された冒頭の事例も、この功績倍率の根拠書類がまったく用意されていなかったことが最大の原因でした。倍率の数字自体が高すぎたわけではなく、「その数字にした根拠がない」ことが致命傷になったのです。
支給前に必ず揃えておきたい3点セット
役員退職金を安全に支給するために最低限必要な書類は、次の3つです。
- 退職金規程(計算式と支給額が完全に一致していること)
- 議事録(支給前に作成済み、署名が適切であること)
- 功績倍率の根拠資料(同業他社比較・在職中の貢献実績)
これらは「税務調査があってから慌てて作るもの」ではなく、退職金を支給する前に揃えておくべきものです。特に功績倍率の根拠資料は、引退を考え始めた時点からコツコツと積み上げておくのが理想的です。
もし「そういえば規程を作ったまま見直していない」「議事録は顧問税理士に任せきりだった」という心当たりがあるなら、退職金を支給する前に一度確認しておくことを強くおすすめします。書類を整えるのに時間はかかりませんが、否認されてから取り返しはつきません。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。