廃業を決めた日、社長はいくら手元に残ると思いますか?

先日、ある社長からこんな相談を受けました。精密部品メーカーを20年近く経営してきた方でしたが、ここ数年で受注が激減し、売上が最盛期の半分以下に落ちてしまった。今期中に廃業を決断したとのことで、表情には疲れと諦めが混じっていました。

「長年頑張ってきたのに、最後は税金に全部持っていかれるのか」と、半ばあきらめた様子でした。会社の口座には現預金が1.5億円。でも、そのまま清算してしまったら手元にいくら残るか、ご存知でしょうか。

清算すると、半分以上が税金で消える現実

会社を清算する場合、残った利益は「みなし配当」として課税されます。配当所得には所得税と住民税が合わさり、最高で55%近くの税率になることもある。1.5億円の現預金があったとしても、最終的に手元に残るのは半分以下になりかねません。

「それは聞いていなかった」と絶句する社長は少なくありません。そしてここに、退職金設計という重要な選択肢が登場します。

退職金には、給与とはまったく異なる税優遇がある

退職金には、通常の給与や配当とはまったく別の課税ルールが適用されます。

まず「退職所得控除」という仕組みがあります。勤続年数が長いほど控除額が大きくなり、勤続20年なら控除額は800万円。そしてポイントはここから先で、課税の対象になる金額は「(退職金-退職所得控除額)の半分」です。

たとえば退職金が1億3,000万円なら、控除後の残額は1億2,200万円。その半分の6,100万円が課税対象になります。同じ金額を役員報酬や配当で受け取る場合と比べると、手取りがまるで違う。これが退職金の最大の強みです。

1億3,000万円の退職金で、手取り1億円を実現

冒頭の社長の場合、顧問税理士が「退職金を1億3,000万円で設計しましょう」と提案しました。計算してみると、勤続20年の退職所得控除800万円を差し引き、残額の半分が課税対象。税率を考慮しても、手取りの試算は約1億円。会社の現預金をそのまま清算するより、数千万円単位で手残りが変わる計算です。

「廃業する会社が退職金を払えるの?」と思う方もいるかもしれません。法人から役員への退職金は、会社に支払い能力がある段階であれば合法的に支給できます。むしろ廃業だからこそ、退職金の原資を確保できる最後のタイミングでもあります。

税務上の要件を満たさないと、否認されるリスクがある

ただし、退職金はどんな金額でも自由に設定できるわけではありません。過大な退職金は損金不算入となり、税務調査で否認されるリスクがあります。

一般的な算定方法として「功績倍率方式」が用いられます。「最終報酬月額 × 勤続年数 × 功績倍率」という計算式で、役員の功績倍率は通常3倍程度が上限の目安とされています。ただし実際の金額は、会社の規模や役員報酬の水準、業界の相場によっても大きく変わります。

「税理士に言われたままの金額を設定した」だけでは、根拠が弱く後から問題になることもある。だからこそ退職金設計は、専門家と一緒に根拠をしっかり文書化しながら進めることが欠かせません。

廃業は損切りではなく、引き際の戦略

その社長は最終的に、清算前に退職金を受け取り、約1億円を手元に確保することができました。廃業を決めた時点では「最悪の結末」と思っていたものが、適切な設計によってまったく違う結果になった。

廃業は「負け」ではありません。20年間事業を継続してきたこと自体、立派な実績です。そして引退のタイミングこそ、退職金という税優遇を最大限に活かせる唯一のチャンスでもあります。

「いつかやる」では遅い。廃業や事業縮小を考え始めたら、清算手続きが始まる前に、まず退職金の試算だけでもしてみてください。数字を見れば、方針が変わるかもしれません。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。