先月、年商8億円の製造業を経営する社長から、こんな相談を受けました。
「退職金の節税、ちゃんとやっておいた方がいいって顧問から言われているんだけど、何から手をつければいいか分からなくて」
この社長、業績は好調で、自分への退職金もそれなりに積み上げてきた。でも「退職金規程がない」「受け取る時期も考えたことがない」「事業承継税制は名前は聞いたことがあるけど詳細は知らない」という状態でした。
正直、これは珍しい話ではありません。日々の経営に追われて、「退職金は引退するときに考えればいい」と後回しにしている社長は多い。でも今は、その先送りが致命的なリスクになりかねない局面に来ています。
なぜ「今」動かなければいけないのか
退職所得控除の優遇を見直す議論が、政府税制調査会で進んでいます。現行制度では、勤続20年超の部分について控除額の計算が有利になる仕組みがあり、これが「長期在職した経営者に手厚すぎる」として俎上に載っています。
見直しが実施されれば、長年かけて積み上げた退職金が、これまでより大きな税負担を受けることになります。改正のタイムラインはまだ確定していませんが、「変わってから動く」では間に合わない。今のうちに手を打っておく価値が十分にある状況です。
具体的に何をすればいいのか。優先順位の高い順に3つお伝えします。
3位:退職金規程を今すぐ書面で整備する
役員退職金は、支払った瞬間に「損金として認められるかどうか」が問われます。そのときの判断基準になるのが、「最終月額報酬 × 勤続年数 × 功績倍率」という計算式です。
功績倍率は業種や規模によって異なりますが、代表取締役であれば2〜3倍が税務上の目安とされています。
ここで重要なのが、この支給基準を定めた退職金規程が書面で存在しているかどうかです。規程がないまま多額の退職金を支払うと、税務調査で「算定根拠が不明」として損金を否認されるリスクがあります。税務署は「払った事実」だけでは認めてくれません。
「うちにはそんな規程はない」という場合、まず取締役会や株主総会で支給基準を決め、書面に落とし込むところから始めてください。これは今日からでもできる作業です。
2位:退任スケジュールを前倒しで考える
退職所得の課税は、(退職金 − 退職所得控除額)× 1/2 に累進税率をかける仕組みです。この「2分の1課税」と「控除」が組み合わさることで、給与や事業所得と比べて非常に有利な税負担になっています。
ところが、控除の優遇部分が見直されると、この有利さが目減りします。勤続年数が長いほど控除が厚くなる現行の仕組みが変わる前に、退任のタイミングを逆算しておく価値があります。
「まだ引退なんて考えていない」という社長も多いでしょう。それでも「何歳で代表を退く予定か」「そのときの退職金はどう受け取るか」という問いに答えられているだけで、顧問税理士との相談がぐっと具体的になります。退任が5年後・10年後であっても、今から逆算して準備しておくことが節税の前提条件です。
1位:事業承継税制の特例措置を急ぐ
これが3つの中で最も時間的プレッシャーが高い話です。
事業承継税制の特例措置では、自社株を後継者に贈与・相続する際、本来かかるはずの贈与税・相続税が猶予されます。うまく活用できれば、億単位の税負担を将来にわたって猶予・免除できる可能性がある制度です。
この特例の適用期限が、2027年12月31日です。
「まだ2年近くある」と感じるかもしれませんが、この制度を使うには「特例承継計画」を都道府県に提出し、認定を受ける必要があります。計画の策定・提出・認定まで、場合によっては1〜2年かかるケースもあり、「来年から本腰を入れよう」では間に合わない可能性があります。
後継者がまだ決まっていなくても、まず「うちの会社でも使えるのか」を顧問税理士や事業承継専門家に確認するところから始めてください。動き出してみると、意外と選択肢が広がることもあります。
冒頭の製造業の社長には、この3つを整理してお伝えしました。退職金規程は翌週から作業を開始し、事業承継については専門家への相談をすぐにセッティングすることになりました。
退職金の設計は「引退間近になったら考えること」ではなく、現役のうちから仕込んでおく経営課題です。控除見直しの議論が具体化する前に、まず自社の現状を確認するところから始めてみてください。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。