先日、ある製造業の社長からこんな相談を受けました。「息子に会社を継がせたいのですが、下の子たちが納得するかどうか……」。

この手の相談、実は珍しくありません。中小企業の事業承継では、自社株の扱いをめぐって家族間の関係がこじれるケースが後を絶たないのです。

今日は、同じ「2億円の自社株」を抱えながら、揉めた家族と揉めなかった家族の話をしたいと思います。

揉めた家族——対策なしで相続が起きたら

A社長(飲食チェーン経営、60代)は、長男に事業を継がせることを決意しました。会社の株式は時価にして約2億円。「会社は一つにまとめて渡すのが当然」と考え、長男に全株を集中させる形で相続させました。

ところが相続開始から数ヶ月後、次男から一通の内容証明が届きます。「遺留分侵害額請求権の行使について」——弁護士名義の書類でした。

遺留分とは、法定相続人が最低限もらえる財産の割合のことです。他に大きな財産がなければ、2億円の株式が遺産の大半を占め、次男・三男には法律上、数千万円単位の請求権が発生します。

長男は困り果てました。株式は売却できない(売れば会社が他人の手に渡る)。かといって現金も運転資金に使っていてすぐには動かせない。交渉は泥沼化し、家族関係は完全に壊れ、会社経営にも支障が出始めました。

揉めなかった家族——1枚の合意書が守ったもの

一方、B社長(建設業、50代後半)は3年前から事業承継を準備していました。自社株は約2億円、長女に継がせる予定でしたが、二人の息子もいます。

B社長が活用したのが、**経営承継円滑化法の遺留分特例(除外合意)**です。

この制度、名前は難しそうですが、本質はシンプルです。「後継者が引き継ぐ自社株を、遺留分の計算対象から外す」という生前の合意書を作るのです。

ポイントは、推定相続人(相続が発生したときに相続人になる見込みの人たち)全員の合意が必要という点。B社長の場合は、長女・長男・次男の3人が揃って書類に署名しました。

結果、B社長が亡くなった後も誰からも遺留分の請求は届きませんでした。長女は株式をそのまま引き継ぎ、スムーズに会社のトップに就任しています。

両者を分けたのは、たった1つの準備だった

この2つのケースを分けたのは、たった1つです。

生前に、推定相続人全員の合意書を作っていたかどうか。

遺留分特例の手続きには、専門家への相談・家族全員での話し合い・経済産業局への申請といったステップが必要です。簡単ではありません。でも「揉めてから弁護士費用を何百万も払い、家族が分裂し、資金繰りが詰まる」という最悪のシナリオと比べれば、コストは格段に低い。

もう一点、見落とされがちな注意点があります。

この除外合意は、相続開始後にはもうできません。先代経営者が存命のうちに手続きを完了させることが絶対条件です。「そのうちやろう」は通用しないのです。

今すぐ確認してほしい3つのこと

自社株を抱えている経営者なら、次の3点を今日中に頭に入れておいてください。

  • 自社株の現在の評価額(純資産価額方式・類似業種比準方式)
  • 推定相続人の構成(後継者以外に誰がいるか)
  • 遺留分対策を専門家と話し合ったことがあるかどうか

2億円規模の株式なら、対策一つで数千万円単位の請求リスクをゼロにできる可能性があります。まだ事業承継の準備を始めていないなら、今期中に事業承継専門の士業へ相談することを強くおすすめします。「来年から」と思っているうちに、手遅れになることがあります。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務・法務判断は税理士・弁護士にご相談ください。