先日、創業15年の印刷会社の社長と話していて、ちょっとヒヤッとする言葉を聞きました。「報酬は毎年なんとなく決めてる。正直、根拠はないんだよね」と。

その社長、60代に差し掛かっていて、5〜10年後には事業承継か引退を考えているとのことでした。役員報酬の決め方ひとつで、退職時に受け取れる退職金が数千万円変わってくると聞いて、少し青ざめていました。

役員報酬は「1年に1回しか変えられない」

まず知っておいてほしいのが、役員報酬には厳格な変更ルールがあるという点です。

法人が役員報酬を損金として計上するには、「定期同額給与」の要件を満たす必要があります。毎月同じ額を払い続けることが条件で、変更が許されるのは原則として事業年度開始から3ヶ月以内だけです。

4月決算の会社なら、7月末までに変更を決議しなければ、その額で12ヶ月間固定されます。「業績が思ったより良かったから報酬を上げたい」と思っても、タイミングを逃せばもう1年待つしかない。これを知らずに損をしている社長は、意外に多いのです。

退職金の計算式を知っていますか?

本題の退職金です。中小企業の役員退職金は、次の式が税務上の「適正額」の目安として使われます。

最終月額報酬 × 勤続年数 × 功績倍率(代表取締役なら2〜3倍が目安)

勤続20年・功績倍率3倍で計算してみると——

  • 最終月額報酬が50万円の場合:50万 × 20 × 3 = 3,000万円
  • 最終月額報酬が100万円の場合:100万 × 20 × 3 = 6,000万円

同じ20年間会社を経営してきたのに、退職時に受け取れる金額が3,000万円も変わるわけです。そして退職金は給与と違い、退職所得控除が使えるため税負担が大幅に軽くなります。老後の資産形成として、これほど効率的な手法はなかなかありません。

「今いくら欲しいか」で決めてはいけない理由

多くの社長は、役員報酬を「生活費から逆算して決める」か「なんとなく決める」かのどちらかです。でも本来の設計は、出口(退職)から逆算して決めるべきなのです。

「引退は10年後、退職金は5,000万円欲しい」という目標があるなら、そこから逆算して今の報酬額を設定していく。目先の手取りだけを見ていると、気づいたときには取り返しがつかない、ということが実際に起きています。

今の報酬額を決めるとき、「退職金いくら欲しいか」を考えていない社長は、将来の受取額を自分で削っているのと同じです。

節税と出口設計はセットで考える

もう一つ忘れてはいけないのが、報酬と法人税のバランスです。

役員報酬を上げれば個人の所得税・住民税が増えますが、法人の税負担は減ります。一方で報酬を抑えれば法人内にキャッシュが残り、法人税がかかります。どちらが有利かは、会社の利益水準や社長の他収入によって変わります。

報酬額の最適ゾーンは、法人税と個人所得税の合計が最小になるポイントです。ただし前述の通り、退職金への影響も加味しなければなりません。目先の手取りだけで判断すると、引退時に後悔することになります。

期首3ヶ月以内が見直しの勝負どころ

役員報酬の変更は、決算後の最初の3ヶ月が唯一のチャンスです。この期間に臨時株主総会(または取締役会)を開いて決議し、議事録を残しておく必要があります。

手順としてはシンプルです。決算が出る→利益を確認する→来期の報酬額を試算する→期首3ヶ月以内に決議する。これだけです。でも「次の決算のときにやろう」と後回しにするうちに、何年も変更していなかったというケースが珍しくありません。

特に40代後半以降の社長は、退職まであと何年あるかを意識しながら設計することが重要です。報酬設定は「今の損得」ではなく、「人生全体の設計図」として捉えてみてください。今期の期首3ヶ月以内に、一度じっくり見直す機会をつくることをおすすめします。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。