先日、創業18年の製造業の社長からこんな相談を受けました。「そろそろ引退を考えて退職金の試算をしてみたら、思っていた金額の半分しかなくて…」。
話を聞くと、役員報酬をここ数年ほぼ据え置きにしていたことがわかりました。意識はしていたけれど「来期でいいか」と毎年先延ばしにしてきた、というのです。
退職金は「最終報酬×勤続年数×功績倍率」で決まる
中小企業のオーナー社長が引退時に受け取る役員退職金は、基本的にこの計算式で決まります。
最終月額報酬 × 勤続年数 × 功績倍率
代表取締役の功績倍率は、税務上の目安として最大3.0倍まで認められています。勤続年数が長いほど、そして最終月額が高いほど、退職金は大きくなります。
たとえば最終月額が80万円、勤続15年、功績倍率3.0なら3,600万円。これが月額65万円のままだと2,925万円。月15万円の差が、引退時の退職金に675万円もの差をもたらします。
計算式を見ればわかる通り、最終月額報酬をできるだけ高くしておくことが、退職金を最大化する唯一の方法です。
役員報酬は年に1回しか変えられない
ここに大きな落とし穴があります。役員報酬は法人税法の「定期同額給与」ルールにより、原則として事業年度の開始後3ヶ月以内にしか変更できません。3月決算なら6月まで、12月決算なら3月までが、そのタイミングです。
そのウインドウを逃したら、次の変更は1年後。
「来期やろう」と1年先延ばしにするたびに、高い報酬を退職金の算定基準にできる期間が1年ずつ削られていきます。5年後に引退を考えているなら、1年サボると「残り4回しか引き上げのチャンスがない」ということです。
仮に毎年10万円ずつ上げる計画なら、5年で50万円増えますが、1年先延ばしすれば40万円しか増えません。勤続15年・功績倍率3.0なら、この10万円の差だけで退職金が450万円変わります。
退職前に一気に上げればいい、は通じない
「それなら引退の直前にまとめて引き上げればいいじゃないか」という発想は理解できます。ただ、これが税務上の落とし穴になります。
税務調査では、退職前数年間の報酬推移が確認されます。不自然な急増があった場合、その報酬水準を退職金の算定基準として否認されるリスクがあります。「過大役員退職金」と判断されると、超過分が損金不算入になり、節税効果が消えるどころか追徴課税の対象にもなりかねません。
自然な段階的引き上げの履歴がある報酬だけが、退職金の算定基準として認められます。だからこそ「計画的に、早めに、少しずつ」が唯一の正解なのです。
短期の損得だけで判断してはいけない
「報酬を上げると個人の所得税が増えるから迷っている」という社長も多いです。確かに毎月の手取りだけを見れば、そういう面もあります。
ただ、退職金には退職所得控除という大きな優遇税制があります。勤続20年なら800万円、勤続30年なら1,500万円が非課税になる仕組みです。退職金は受取額が大きくても税負担が想像より軽い。長期で見れば、報酬を積み上げておく方がはるかに有利になるケースがほとんどです。
毎月の所得税増加と、将来の退職金増加をきちんと比較試算してみると、多くの社長が「もっと早く上げておけばよかった」と気づきます。
今期の変更ウインドウを今すぐ確認してほしい
先の社長は最終的に、翌期から段階的な引き上げ計画を立てました。引退まで残り5年あったので、まだ十分に立て直せる状況でした。もしこのまま気づかず引退まで進んでいたら、計画比で500万円以上の差が出ていたかもしれません。
役員報酬の変更は、決算月から3ヶ月以内が勝負です。この時期を逃すと、また1年待つことになります。
「役員報酬を何年も変えていない」という社長は、まず直近の決算月と変更タイミングを確認してみてください。1年の先延ばしが、老後の手取りに大きな差をもたらします。引退後に後悔しないために、今期の変更を真剣に検討してみることをおすすめします。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。