先日、年商3億円の精密機械メーカーを経営する社長からこんな相談を受けました。「息子に会社を継がせたいんだけど、相続税が心配で。それに、他の子どもたちに株が分散したら、息子が社長でも経営できなくなるんじゃないか」と。
この悩み、実はセットで解決できる方法があります。それが「自社株の家族信託」です。今日はその仕組みと、見逃せない期限についてお話しします。
自社株の分散が引き起こす「静かな経営危機」
中小企業のオーナー社長が亡くなると、自社株は遺産分割の対象になります。遺言書がなければ法定相続分に従い、配偶者・子ども・場合によっては兄弟にまで株が分散することになります。
仮に社長が保有する株式の評価額が2億円で、子どもが3人いたとします。後継者の長男だけに全株を渡せれば理想ですが、他の子どもたちが「法定相続分を渡せ」と主張すれば、株は3分割されます。長男が保有できるのは全体の1/3。これでは重要な経営判断に必要な「過半数議決権」を確保できません。
株主総会の特別決議が通らず、新たな投資もできない。後継者が名目上の社長になっても、実質的に経営が止まってしまうケースが実際に起きています。これが、自社株の分散が招く「静かな経営危機」です。
家族信託なら、経営権と財産権を切り離せる
ここで活躍するのが「自社株の家族信託(民事信託)」という仕組みです。通常の生前贈与では「株を渡す=すべての権利を渡す」ことになりますが、家族信託を使えば権利を分けて設計できます。
具体的には、こういう組み立てです。
- 自社株の議決権(経営に関する権限)→ 後継者に移す
- 自社株の受益権(配当などの経済的利益)→ 社長が引き続き受け取る
後継者は現役のうちから経営判断を担いながら、社長は引退後も配当収入を確保し続けられます。お互いにとって無理のない引き継ぎが設計できるのが、家族信託の最大の強みです。
2027年12月末の「申請期限」を見逃すな
自社株信託をさらに強力にする組み合わせがあります。「事業承継税制の特例措置」との併用です。
この制度を活用すると、後継者が自社株を承継した際に生じる贈与税・相続税の納税が猶予されます。要件を満たす限り実質的に免除されますので、数千万円規模の税負担がゼロに近づくケースも珍しくありません。
ただし、この特例には申請期限があります。2027年12月末までに都道府県への特例承継計画の提出が必要です。
「まだ1年以上ある」と思うかもしれませんが、信託の設計・公証人による認証・金融機関との調整・行政への申請書類の準備を合わせると、着手から完了まで半年〜1年はかかります。今から逆算すると、動き出せるタイムリミットは思ったより短いのです。
専門家費用の目安は50〜150万円
家族信託を正しく設計するには、信託に精通した弁護士・司法書士・税理士のチームが必要になります。専門家費用の相場は50〜150万円程度で、自社株の評価額や信託の複雑さによって幅があります。
「高い」と感じる方もいるかもしれませんが、節税額と経営権トラブルの回避コストと比べれば、十分に元が取れる投資です。自社株の評価額が2億円なら、特例措置の活用で数千万円規模の税負担が猶予されます。専門家費用100万円は、その数十分の一以下です。
「まだ先でいい」が一番危ない
相続は突然やってきます。病気や事故で準備が間に合わなかったとき、自社株が複数の相続人に分散して後継者が経営権を失う——こういった悲劇は、現実に起きています。
家族信託は、社長が元気なうちにしか設計できません。認知症になってからでは、信託契約を結ぶこと自体ができなくなる場合があります。「会社を守りたい」という意志は、判断能力があるうちに形にするしかないのです。
2027年12月末の特例申請期限まで、1年半を切っています。もし事業承継を視野に入れているなら、今期中に事業承継専門の士業に相談してみることをおすすめします。早く動いて損することは、まずありません。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。