「退職金を受け取ったあと、税務調査が来るとは思っていませんでした」
先日、事業承継を終えた60代の社長からこんな言葉を聞きました。長年かけて会社を育て、後継者に引き継ぎ、退職金として数千万円を受け取った。そこに税務調査の通知が届いた——という話です。
退職金は、うまく設計できれば社長にとって最大の節税手段になります。しかし同時に、税務調査でもっともよく狙われる項目のひとつでもあります。調査官は何を見るのか。今日はその「3つの書類」をお伝えします。
調査官が真っ先に開く書類
退職金の税務調査が始まると、調査官はまず3つの書類を要求します。これが揃っているかどうかで、その後の調査の展開がほぼ決まると言っても過言ではありません。
1. 株主総会議事録
退職金を役員に支給するためには、株主総会(または取締役会)での決議が必要です。この決議の記録が「株主総会議事録」です。
ここで注意したいのは、「実際に支払った」だけでは足りないということです。支給した事実があっても、議事録がなければ「正式な決議を経ていない」として、退職金ではなく役員賞与と認定されるリスクがあります。
役員賞与は原則として法人税の損金(経費)になりません。退職金として支払った数千万円が、まるごと損金不算入になってしまう——これが最悪のシナリオです。
「うちは家族会社だから議事録は形式的でしょ」と思っている社長も多いのですが、税務調査の現場では形式こそが正義です。
2. 役員退職慰労金規程
次に確認されるのが、退職金の計算根拠となる社内規程です。「役員退職慰労金規程」や「役員退職金規程」と呼ばれるドキュメントがこれにあたります。
ここで調査官が特にチェックするのが功績倍率です。退職金の計算式は一般的に次の形です。
最終報酬月額 × 在職年数 × 功績倍率 = 退職金額
この功績倍率、代表取締役の場合は3.0倍以内が税務上の目安とされています。これを大きく超えると「不相当に高額な退職金」として一部が否認されるリスクが高まります。
過去の裁判例でも、功績倍率が4.0倍・5.0倍と高くなるほど否認事例が増えています。規程に根拠がなく、その場で金額を決めたような退職金は特に危険です。
3. 最終報酬月額と在職年数の記録
3つ目は、計算式の「インプット」となる数字の裏付けです。具体的には「退職直前の役員報酬の月額」と「在職年数」が、給与台帳や社会保険の記録と一致しているかを確認されます。
たとえば最終報酬月額が100万円、在職年数が30年、功績倍率が3.0倍なら、退職金は9,000万円になります。この計算の根拠が書類で追えるかどうかが問われます。
「在職年数を水増しした」「退職直前に報酬を急に引き上げた」——こういったケースは調査官に経験的に見抜かれます。報酬月額の急激な変動は、直前3年分の議事録や申告書と照合されるからです。
3書類が揃わないとどうなるか
株主総会議事録・役員退職慰労金規程・最終報酬月額と在職年数の記録——この3点セットが揃っていないと、退職金の全額が否認される可能性もあります。
否認されると、退職金として受け取った金額が役員賞与として扱われ、法人税の課税対象になります。個人サイドでも、退職所得として優遇されていた税制が適用されず、給与所得として課税されることになります。
法人・個人の両方に税負担が発生する「二重のダメージ」です。退職後に書類を揃えようとしても、当時の意思決定の記録は後から作れません。
今すぐできる準備
退職金の税務調査は、退職後に準備をしても手遅れです。調査官は過去の書類を見ます。今の段階で規程を整備し、議事録を残し、報酬の履歴を適切に管理しておくことが、将来の税務リスクを大きく減らします。
まだ役員退職慰労金規程を作っていない会社は、今期中に整備することをおすすめします。規程の内容は税理士と一緒に設計するのが確実です。「書類さえ揃えればいい」ではなく、功績倍率の設定や報酬水準の妥当性まで含めて、総合的に見直しておくと安心です。
退職金は、正しく準備すれば社長の人生最大の節税になります。その準備を、今日から始めてみてください。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。