先日、こんな相談を受けました。

「退職金として2,000万円を出したんですが、税務調査で全額否認されました。どうすれば……」

電話口の声は震えていました。年商7億の建設会社を28年間経営してきた社長が、引退の最後に待ち受けていたのが、この通知だったそうです。

退職金の否認は珍しい話ではありません。でも、全額否認されるケースには、驚くほど共通したパターンがあります。今回はその「やってはいけない3つ」を整理してお伝えします。

規程が「ない」か「守られていない」

最初の落とし穴は、「役員退職慰労金規程」です。

役員退職金を損金に落とすには、支給の根拠となる規程が必要です。規程がなければ、どれだけ理にかなった金額であっても、税務署からすれば「恣意的な支出」に映ります。全額を損金として認めてもらえないリスクが生じます。

さらに怖いのが、「規程はあるけど、支給額が規程と違う」パターンです。「臨時に増額した」「株主総会で決議したが議事録が曖昧だった」——こういったケースが調査で引っかかります。規程を作るだけでなく、規程通りに支給し、議事録できちんと証跡を残す。この2点がセットで必要です。

功績倍率が「高すぎる」

規程があっても、計算方法が問題になることがあります。

役員退職金は一般的に、最終月額報酬 × 在任年数 × 功績倍率という計算式で求めます。このうち「功績倍率」が、税務調査で最も争点になりやすい部分です。

実務上の相場は、社長であれば3倍前後、役員であれば2倍前後と言われています。「3倍が法定上限」という誤解がありますが、法律で決まっているわけではありません。ただ、3倍を大きく超えると「過大な退職給与」として否認される可能性が急上昇します。

たとえば、月額報酬100万円・在任20年で倍率を5倍に設定すれば、退職金は1億円になります。計算式そのものは公開されているだけに、倍率だけが突出して高いと言い訳が効かなくなります。同業他社の相場と照らし合わせた合理的な説明ができるかどうか、事前に確認しておくことが大切です。

「退職していない」と見なされる

これが、実は一番やっかいなパターンです。

退職金は「退職の事実」があって初めて認められます。形式上は退職していても、引退後も週に何度も出社して経営会議に出席し、取引先との商談に同席し、銀行交渉にも顔を出す——こうなると、税務署から「退職の実態がない」と認定されることがあります。

法人税法上、「実質的な退職」が認められないと、退職金として支給した金額は役員報酬として扱われます。損金不算入の問題だけでなく、源泉徴収のやり直しまで求められるケースもあります。

引退後は名刺を変え、関与する業務の範囲を明確にして、「経営を引き継いだ」という事実を、書類と行動の両面で証明できる状態にしておく必要があります。

3つが重なると「全額否認」になる

今回ご紹介した3つ——「規程の不備」「功績倍率の過大」「退職実態なし」——は、それぞれ単独でも否認リスクがありますが、複数が重なると全額否認につながることがあります。

冒頭の社長も、規程が古く更新されておらず、倍率も相場の2倍近く、退職後も実質的な経営関与が続いていました。3つが揃ってしまっていたわけです。

退職金は、何十年もかけて積み上げてきた経営者としての対価です。準備不足でその対価をまるごと失うのは、あまりにも惜しすぎます。引退を考え始めたタイミング、できれば2〜3年前から顧問税理士と退職金設計を始めるのが理想です。規程の整備、倍率の確認、退職後の関与範囲の整理——いずれも時間をかけて準備できることばかりです。

今の退職金規程が何年前に作ったものか、まずそこから確認してみてください。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。