先日、ある建設会社の社長からこんな相談を受けました。「退職金を2億円で決議したのに、税務調査で1億2,000万円を否認されてしまいました。何がいけなかったんでしょうか」。
その社長が踏んでいたのは、よくある2つの落とし穴でした。今日はそのリアルな事例をもとに、役員退職金が「税務調査で否認されない計算方法」をお伝えします。
税務署は退職金の「適正額」を独自に計算している
役員退職金には、税務署が認める「適正額」というラインがあります。これを超えると、超過分は過大役員退職金として損金算入が否認されてしまいます。
実務でよく使われる計算式は、最終報酬月額 × 勤続年数 × 功績倍率です。たとえば最終報酬月額80万円、勤続25年、功績倍率3.0倍なら、80万円 × 25 × 3.0 = 6,000万円が目安になります。
ここで問題になるのが「功績倍率」です。代表取締役の場合、実務上の上限の目安は3.0倍とされています。これを超えて4倍・5倍と設定すると、税務調査で「過大」と判断されるリスクが一気に高まります。
裁判例でも、同業種・同規模他社の功績倍率と比較した上で適正額を判定するケースが多く、「うちの社長の貢献度は特別だから5倍でも妥当」という主観的な根拠は通用しません。
退職直前の報酬急増が「恣意的」と見なされる理由
冒頭の社長がやっていたのが、まさにこのパターンでした。長年、月50万円の報酬だったにもかかわらず、退職の1年前に月100万円へ増額。その100万円をもとに退職金を計算したのです。
税務署の目には、これが明らかに「退職金を膨らませるための恣意的な操作」に映ります。
実際の税務調査では、退職前の報酬推移は必ず確認されます。急激な増額があった場合、その増額分を除いた金額で退職金を再計算されてしまうことも珍しくありません。その結果、件の社長は「実質的な最終報酬月額は50万円」として計算し直され、1億2,000万円が否認されることになりました。
否認されないための3つの対策
では、どうすれば安全に役員退職金を支給できるのか。実務上、押さえるべきポイントは3つです。
① 功績倍率は3.0倍以内に設定する
代表取締役は3.0倍、専務・常務クラスは2.0〜2.5倍、取締役は1.5〜2.0倍が目安です。この範囲内に収まっていれば、過大と判断されるリスクは大幅に下がります。
② 退職直前の急激な報酬増を避ける
「退職金の計算基礎を上げるために報酬を増やす」という発想自体が否認リスクを生みます。どうしても退職が近い段階で報酬を引き上げたいなら、少なくとも3〜5年前から計画的に行い、業績連動など経営上の理由を明確にしておくことが重要です。
③ 株主総会・取締役会の議事録で計算根拠を明文化する
退職金の金額が決まったとき、「なぜその金額になったのか」を議事録に残しておくことが不可欠です。功績倍率の根拠、勤続年数の確認、業績への貢献度——これらを文書化しておけば、税務調査時の反論材料になります。「決議したけど計算根拠の資料がない」という状態では、否認されたときに打つ手がなくなります。
退職金の設計は、在任中から始まっている
役員退職金は、退職するタイミングで考え始めるのでは遅すぎます。在任中から報酬水準を適正に保ち、退職金の目安額を把握した上で、会社の財務計画に組み込んでおくのが理想です。
特に、創業社長が60代に差し掛かったタイミングで「事業承継と退職金」をセットで検討するケースが増えています。退職金を損金算入しながら、後継者への株式移転と並行して進めることで、大きな節税効果が得られることもあります。
退職金の規程をまだ整備していない、功績倍率の根拠を文書化していないという方は、今期中に顧問税理士と一度整理しておくことをおすすめします。退職が近づいてから動いても、できることには限りがあります。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。