先日、創業28年の製造業を経営してきた社長から、こんな電話がありました。「来年に引退するつもりで退職金を試算したんですが、功績倍率3倍で計算していいですよね?」という内容です。

話を聞いてみると、引退予定まであと半年。しかも、その半年前に月額報酬を180万円から280万円に引き上げたばかりだというのです。思わず「それ、かなり危ないですよ」とお伝えしました。

功績倍率3倍は「自動的に認められる数字」ではない

役員退職金の適正額を計算するとき、よく使われる算式があります。

最終月額報酬 × 勤続年数 × 功績倍率

代表取締役クラスなら功績倍率は最大3.0倍まで認められることが多いため、「だったら3倍で計算しよう」と考える社長は少なくありません。ところが、この3倍という数字は税務署が自動的に認めてくれる保証値ではありません。あくまで「一般的な相場の上限」にすぎないのです。

実際に否認されたケースでは、1,000万円を超える追徴課税が発生しています。法人側で損金が認められないだけでなく、役員個人への給与として所得税・住民税まで課されるため、ダブルパンチになることもあります。

否認リスクが高まる3つの条件

税務調査で功績倍率3倍が否認されるケースを見ると、共通して出てくる条件があります。

条件①:退職の直前に月額報酬を急に引き上げている

冒頭の社長のように、退職を見越して直前に報酬を引き上げると、税務署は「退職金を水増しするための恣意的な操作」とみなします。最終月額報酬が高くなれば、功績倍率3倍で計算した退職金も一気に膨らみます。「退職の1〜2年前」であっても、引き上げの幅が大きければ同様に問題視されることがあります。

条件②:退職金規程が整備されていない(または退職後に作成した)

退職金の金額に合理的な根拠を持たせるためには、事前に社内規程が存在していることが大前提です。退職が決まってから慌てて規程を作ったケースや、規程がまったく存在しないまま支払ったケースは、「事後的な操作」と判断されやすくなります。規程は内容の合理性だけでなく、作成した時期も問われます。

条件③:退職後も実質的に経営を続けている

名義上は退任しても、顧問・相談役として実質的に意思決定に関与し続けているケースも要注意です。顧問料が高額すぎたり、主要な取引先への対応を継続していたりすると、「本当に退職したとは言えない」と判断される可能性があります。

3条件が重なったとき、税務署の目に何が映るか

この3つがすべて揃うと、税務署の目には「計画的に退職金を膨らませた」と映ります。否認されると、功績倍率3倍で計算した退職金の全額が「不相当に高額な役員給与」として損金不算入となり、法人税の追徴に加えて、社長個人の所得税・住民税まで発生します。トータルの追徴負担が1,000万〜2,000万円に達したケースも実際に存在します。

「支払った退職金が税務的になかったことにされる」——これが否認の本当の怖さです。

リスクを回避している社長は何をしているか

この3条件を事前に外して設計しているのが、税務リスクを理解した社長です。

引退の3〜5年前には月額報酬の水準をその時点で固定します。直前に上げない、がまず鉄則です。同時に退職金規程を整備し、功績倍率の根拠(役職、勤続年数、会社業績への貢献度)を文書として残しておきます。引退後の関与の範囲も事前に明確にしておくことが大切で、「完全引退なのか」「限定的な顧問として残るのか」を決め、関与する場合は顧問料の水準も合理的な範囲に収めます。

こうした準備を3〜5年かけて積み重ねることで、功績倍率3倍の合理性を税務上も説明できる状態になります。退職を決めてから動き始めると、使える選択肢がかなり限られてしまうのです。

今の段階で動いておくべき理由

役員退職金は、長年会社を支えてきた社長にとって最大の報酬の集大成です。引退まで5年以内に入っているなら、今期中に退職金規程の整備と現在の報酬水準の確認を税理士と行うことをおすすめします。

功績倍率3倍を安全に使えるかどうかは、引退を決める前の設計で決まっています。「まだ先の話」と思っているうちが、実は動き始める最適なタイミングです。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。