先日、長年会社を経営してきた70代の社長からこんな相談を受けました。「そろそろ引退を考えているんだけど、退職金って税金でごっそり持っていかれるんでしょ?」と。
この誤解、本当によく聞きます。退職金と聞いた瞬間に「どうせ高い税金がかかる」と思い込み、むしろ役員報酬を上げてきた経営者は少なくありません。でも実際は真逆です。正しく設計すれば、4,500万円の退職金にかかる税金を300万円以下に抑えることができます。
今回はその仕組みを、計算式ごと公開します。
退職金が別格に有利な理由
退職金が給与と決定的に違う点は、「分離課税」という扱いにあります。給与所得や事業所得とは合算せず、退職所得だけを切り離して税額を計算するのです。
これが何を意味するかというと、年収が数千万円ある経営者であっても、退職金に最高税率55%が直撃しないということです。他の所得がいくら多くても、退職金は独立した計算式で処理されます。
さらにもう一つ、強力な武器があります。
勤続年数が長いほど控除が大きくなる仕組み
退職金には「退職所得控除」という非課税枠があります。これが相当な額になります。
控除額の計算式はこうです。
- 勤続20年以下:40万円 × 勤続年数(最低80万円)
- 勤続20年超:800万円 + 70万円 × (勤続年数 − 20年)
例えば43年勤続のケースなら、800万円 + 70万円 × 23年 = 約2,410万円が非課税枠として丸ごと差し引けます。退職金が2,410万円以内であれば、税金はゼロです。
長く会社に尽くした人ほど控除が厚くなる、という思想が制度の根底にあります。
そして「残り」にさらに1/2をかける
ここからが退職金の本当にすごいところです。退職所得控除を差し引いた後の残額に、さらに「1/2」をかけた額だけが課税対象になります。
計算式にするとこうなります。
(退職金 − 退職所得控除額)× 1/2 = 退職所得(課税対象額)
この退職所得に対して、所得税の累進税率を適用します。三重の優遇が重なる形です。
4,500万円で実際に計算してみる
具体的な数字で見てみましょう。退職金4,500万円、勤続43年のケースです。
まず退職所得控除が約2,410万円。差額は2,090万円です。
ここに1/2をかけると、課税対象の退職所得は約1,045万円。
1,045万円に適用される所得税率は33%(速算控除額153.6万円)です。計算すると所得税は約191万円。住民税(10%)を加えても合計約296万円。4,500万円受け取って、手元から消えるのは約300万円だけです。
実効税率に換算すると、わずか6.6%。これが退職金課税の現実です。
同じ額を給与で受け取ったら
比較のために、同じ4,500万円を給与として受け取った場合も見てみます。
給与所得控除を差し引いても課税所得は大きく残り、所得税の最高税率45%+住民税10%の合計55%の税率帯に突入します。税金は1,800万円を軽く超えます。
退職金で受け取った場合:税金 約300万円 給与で受け取った場合:税金 1,800万円超
この差は6倍以上。手残りで換算すると1,500万円以上の差が生まれます。経営者にとって退職金設計が重要と言われる理由が、この数字に凝縮されています。
「設計」を間違えると台無しになる
ここで一つ注意点があります。
勤続年数が短い場合は控除額が小さく、税負担が跳ね上がります。また、複数回にわたって役員退職金を受け取るケースでは、控除の重複適用に制限がかかることがあります。5年以内に再就任して退職金を受け取ると、前回の退職所得控除が引き継げないケースもあります。
さらに近年は退職所得課税の見直し議論も続いており、今後の制度変更を見越した設計も必要です。
退職金の受け取り方は、役員報酬の設定額、会社の業績、事業承継のタイミング、後継者への株式移転計画など、さまざまな変数と絡み合います。「退職金を最大化しながら税負担を最小化する」ための最適解は、会社ごとに異なります。
まだ役員退職金規程を整備していない会社は、引退を考え始める前に一度専門家に設計を依頼することをおすすめします。「いつか」は「手遅れ」と同義になりかねません。今期中に着手しておくのが得策です。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。