先日、ある製造業の社長からこんな相談を受けました。「退職金を同じくらいもらった同業の知人が、手元に2,000万円しか残らなかったと言っていた。自分はどうすればいい?」という内容です。

同じ8,000万円の退職金を受け取っても、手元に残る金額がこれほど変わる。これは脱税でも特別な抜け道でもなく、ただの「設計の差」です。そしてこの差は、退職してからでは取り返せません。

退職金が「最強の節税」と呼ばれる理由

役員退職金には、通常の給与や賞与とはまったく別の課税ルールが適用されます。その核心が「退職所得控除」です。

勤続年数が20年を超えると、1年あたり70万円の控除が使えます。たとえば40年間会社を経営してきた社長なら、控除額だけで2,200万円に達します。さらに、控除後の金額を2分の1にしてから課税するというルールもあります。

8,000万円の退職金から2,200万円を引いた5,800万円の半分、つまり2,900万円だけが課税対象です。同じ金額を役員報酬として毎月受け取った場合と比べると、税負担の差は歴然です。これが「社長の最後のご褒美」と呼ばれるゆえんです。

設計した社長と、しなかった社長

退職所得控除だけでも十分メリットがありますが、それだけでは話は終わりません。鍵を握るのが「功績倍率」と「損金算入」という二つの要素です。

役員退職金の適正額は、一般的に「最終報酬月額 × 勤続年数 × 功績倍率」で計算します。社長クラスの功績倍率は3.0前後が相場です。月額報酬100万円、勤続30年、功績倍率3.0なら適正額は9,000万円。この範囲内であれば、支払った退職金を法人の損金として計上できます。

法人税を減らしながら、個人の退職所得として受け取れる。設計した社長は、この二重のメリットをフル活用して8,000万円をほぼ手元に残しました。

「不相当に高額」の認定が招く二重課税

一方、設計しなかった社長はどうなるか。ここが本当に怖いところです。

退職金が「不相当に高額」と税務署に認定されると、損金不算入になります。法人税の計算上、経費として認められないのです。会社側で法人税を払い、さらに個人側でも退職所得税を払う、という二重課税の状態になります。

8,000万円を出したのに、会社にも個人にも税がのしかかる。差し引くと手残りが2,000万円台まで落ちる、というケースが実際に起きています。しかも退職金は原則として一度しか支給できません。設計を誤ったまま支給してしまったら、やり直す機会はありません。

税務調査で必ず確認されること

功績倍率や計算の根拠は、法律で一律に決まっているわけではありません。同業他社との比較や、実質的な貢献度などを総合的に判断されます。税務調査では次の点が特に確認されます。

  • 株主総会や取締役会の議事録に、退職金承認が正式に記録されているか
  • 支給額の根拠となる計算書・退職金規程が整備されているか
  • 実際の業績・貢献度と支給額に合理的な対応関係があるか

「顧問税理士に任せきりにした」「規程をつくらないまま支給した」では危険です。特に創業社長が多額の退職金を受け取る場合は、税務署の目が向きやすい傾向があります。

引退前に動ける、今がチャンス

退職金設計は、退職の5〜10年前から始めるのが理想です。報酬月額の水準、勤続年数の積み上げ、支給タイミングの選択まで含めて、戦略的に組み立てる余地があります。

「退職金は退職のときに考えればいい」と思っているなら、それ自体が最大のリスクです。今の経営判断が、将来の手残り額を決めています。

引退まで10年以上あるうちに、一度だけでも専門家に退職金の試算を依頼してみてください。その1時間の相談が、数千万円の差を生む可能性があります。退職金規程をまだ整備していない会社は、今期中に着手しておくことをおすすめします。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。