「退職金なんて、まだ先の話だと思っていました」
先日、60代に差し掛かった製造業の社長からそんな言葉を聞きました。事業承継の準備で税理士と面談したところ、退職金の手取り額が試算によって大きく変わることを初めて知ったそうです。
「同じ5,000万円の退職金でも、手取りが3,500万円になるケースと2,200万円になるケースがある」と聞かされ、思わず青ざめたと話してくれました。
その差を生む要素は、実は3つに絞られます。しかも最も重要なものは、退職してから考えても手遅れなものです。
3位:受取形式——一時金か年金かで数百万円変わる
退職金には「退職一時金」と「年金形式」の2つの受け取り方があります。税務上の扱いが全く異なるため、どちらを選ぶかで手取り額に大きな差が生まれます。
退職一時金の場合、課税対象になるのは「退職金の総額から退職所得控除を引いた金額の2分の1」です。さらにそこに累進課税がかかりますが、この「½課税」というルールが強力な節税効果を生みます。
一方、年金形式で受け取ると「雑所得」として毎年課税されます。公的年金控除は受けられますが、退職一時金ほどの優遇はありません。受取額が多いほど税負担が膨らむケースも少なくありません。
同じ総額でも、受け取り方によって手取りが数百万円変わることは珍しくありません。退職金額が大きい社長ほど、一時金方式の優位性は顕著です。
2位:勤続年数——1年の差が70万円の節税効果
退職一時金から差し引ける「退職所得控除」は、勤続年数によって計算されます。
- 勤続20年以下:1年あたり40万円
- 勤続20年超:超過部分は1年あたり70万円
勤続30年の場合、控除額は「800万円 + 70万円 × 10年 = 1,500万円」になります。
つまり、勤続年数が20年を超えると、1年在職を延ばすごとに70万円分の非課税枠が積み上がります。「あと1年だけ代表を続ける」という選択が、文字通り70万円の節税につながるわけです。
退職は感情で決めるものではなく、税務戦略として設計するもの——この事実を知ってからタイミングを調整した社長を、私はこれまで何人も見てきました。
1位:最終月額報酬——在職中の報酬設計が出口を決める
最も影響が大きいのが、退職直前の月額報酬額です。
多くの中小企業が採用している「功績倍率法」では、退職金はこう計算されます。
退職金 = 最終月額報酬 × 勤続年数 × 功績倍率
功績倍率は実務上2〜3倍が目安とされています。仮に勤続30年・功績倍率2.5倍で計算すると——
- 月額50万円の場合:50万円 × 30年 × 2.5 = 3,750万円
- 月額100万円の場合:100万円 × 30年 × 2.5 = 7,500万円
報酬が2倍違えば、退職金もそのまま2倍変わります。
ここで重要なのは、「退職金額は退職するときに決まるのではなく、在職中の報酬設計で既に決まっている」という事実です。退職直前に月額報酬を急増させると税務調査で否認されるリスクがあります。数年単位で計画的に設定しておくことが、合法的な退職金最大化の王道です。
今期中に整備しておきたいこと
退職をまだ考えていない社長も、以下の3点だけ確認しておいてください。
- 現在の月額役員報酬は退職金設計に見合った水準か
- 役員退職金規程が法人に整備されているか
- 退職のタイミングを勤続年数の節目に合わせられるか
特に役員退職金規程は、規程がないと退職金の損金算入が認められないリスクがあります。「そのうち作ろう」と思ったまま10年経ってしまう社長も多い。退職金は在職中に積み上げた貢献を税制優遇の形で受け取れる、数少ない節税の機会です。今期中に出口戦略を一度整理しておくことを、強くおすすめします。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。