先日、大阪の製造業を営む65歳の社長とお話しする機会がありました。引退まであと3年というタイミングで、「退職金をもう少し増やしたいけど、今からでも何かできることはあるか」とご相談いただいたのです。
そのときに税理士の先生が提案した方法が、役員報酬の引き上げでした。月50万円増やすだけで、退職金が約1,050万円アップする計算になるというのです。しかも、増額したのは引退前のわずかな期間だけ。それでも1,000万円以上変わる。これが退職金の仕組みの、面白くてちょっと怖いところです。
退職金は「最後の給料」が全期間に効く
中小企業の役員退職金は、一般的に次の式で計算されます。
最終月額報酬 × 在任年数 × 功績倍率
注目すべきは「最終月額報酬」という部分です。退職直前の報酬額が、在任した全年数に掛け算されるのです。
鈴木社長の場合、在任7年で功績倍率3.0。月額報酬を50万円引き上げると、計算はこうなります。
50万円 × 7年 × 3.0 = 1,050万円のアップ
増額した時期は引退直前の数年間でも、計算には在任した全7年が乗ってきます。これが「早めに動くほど効果が大きい」理由です。
在任年数が長いほど、増額の恩恵は大きくなる
この仕組みには、在任年数という「乗数」が効いています。
在任10年の社長が月50万円増やせば、同じ功績倍率3.0で退職金は1,500万円アップします。在任15年なら2,250万円の差になります。「増額は1ヶ月分だけど、それが何十年分にも跳ね返る」という感覚です。
逆に言えば、引退直前に増額してもインパクトは小さくなります。残り在任1年なら50万×1年×3.0で150万円。同じ50万円の増額でも、早く動くのと遅く動くのとでは、受け取れる退職金が数百万〜1,000万円以上変わってくるのです。
「不相当に高額」と言われないために
ただし、ここで必ず押さえておきたいポイントがあります。退職直前に役員報酬を急増させると、税務署から**「不相当に高額な退職金」**として否認されるリスクがあるのです。
税務調査でよく問題になるのは、「退職の数ヶ月前だけ報酬が突然跳ね上がっている」ケースです。これは退職金を水増しする目的の操作とみなされやすく、否認されると法人税の追徴だけでなく、受け取った側にも追加課税が生じる可能性があります。
安全に進めるうえで意識したいのは、次の3点です。
- 増額には業績の向上や役割の拡大など、合理的な理由を用意しておく
- 急な大幅増額ではなく、段階的に引き上げる形をとる
- 増額前に顧問税理士と相談し、取締役会議事録などの証拠書類を整えておく
功績倍率3.0は中小企業の代表取締役に認められる上限に近い水準です。この倍率を使うなら、社長の貢献が実態として説明できることが前提になります。
退職金は「現役のうち」に設計するもの
退職金を構成する変数は3つ——報酬額・在任年数・功績倍率——ですが、今から動かせるのは「報酬額」だけです。在任年数はもう増やせませんし、功績倍率も大きくは動かしにくい。
つまり、退職金を増やしたいなら、報酬を適切な水準に引き上げることが、今できる唯一の有効な手段です。
「もっと早く動けばよかった」という後悔の声を、引退後に何度も耳にしてきました。引退まで5年以上あるなら、今すぐ顧問税理士に退職金のシミュレーションを依頼してみてください。数字を見れば、動くべきかどうかは一目瞭然です。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。