先日、20年以上会社を引っ張ってきた製造業の社長から、こんな相談を受けました。「そろそろ引退を考えているんだけど、退職金って税金がかかるんでしょ?できればうまく使いたいんだよね」と。
その社長に試算を見せたとき、思わず「えっ、こんなに節税できるの?」と声を上げていました。役員退職金は、正しく設計すれば法人にとって最大の節税ツールになります。知っているのと知らないのとでは、数千万円単位の差が出るのです。
退職金は法人側で「丸ごと経費」になる
大前提として知っておいてほしいことがあります。役員退職金は、法人の損金(経費)として計上できます。
個人が受け取る給与や賞与には所得税・住民税がかかりますが、退職金には「退職所得控除」という強力な控除があります。そして法人側でも損金算入できるため、法人税と個人の税負担を同時に抑えられる、いわば二重の節税効果があるのです。
退職金を払うことで法人の利益が圧縮され、社長個人の手取りが増える。この仕組みを事前に設計しているかどうかで、引退時の手残りが大きく変わります。
退職金の「上限」は計算式で決まる
では、いくらまで損金算入できるのでしょうか。税務上の適正額は、次の計算式で算出されます。
最終月給 × 勤続年数 × 功績倍率 = 適正退職金額
ここで重要なのが「功績倍率」です。代表取締役の場合、一般的に2.0〜3.0倍が適正とされています。会社への貢献度、規模、業績などを総合的に判断して設定する数値です。
月給100万円で30年間会社を経営してきた代表取締役が、功績倍率3.0倍で退職したとしましょう。計算すると100万円 × 30年 × 3.0 = 9,000万円。これが全額、法人の経費として損金算入できます。
法人税だけで3,000万円以上の節税
9,000万円が損金になるということは、その分だけ法人の課税所得が減ります。
法人税率を34%と仮定すると、9,000万円 × 34% = 約3,060万円の法人税節税になります。売上を増やすのではなく、適切な退職金設計だけで生み出せる節税効果です。
さらに、社長個人の受け取り側でも退職所得控除が効きます。勤続30年なら控除額は1,500万円。課税対象になる退職所得は(9,000万円 − 1,500万円)÷ 2 = 3,750万円となり、給与所得として全額課税される場合と比べて大幅に有利です。法人・個人の両面で税負担を下げられるのが、役員退職金の最大の強みです。
退職金規程がないと一円も損金にならない
ここで多くの社長が見落とす落とし穴があります。役員退職金を損金算入するには、株主総会の決議と退職金規程の整備が必須です。
規程がない状態で退職金を支払っても、税務調査で「恣意的な支出」とみなされ、損金を否認されるリスクがあります。「社長に長年の感謝を込めて払った」では税務上は通りません。
退職金規程には、支給基準となる計算式(最終月給×勤続年数×功績倍率)を明記しておく必要があります。この規程を株主総会で承認し、議事録を残す。この手続きを踏んで初めて、退職金が正式な経費として認められます。
「高すぎる退職金」は税務調査で否認される
もう一点、注意しておきたいことがあります。功績倍率を3.0に設定したとしても、同規模・同業種の他社と比べて明らかに高すぎると、税務調査で適正額を超えた部分が損金否認されることがあります。
過去の判例では、功績倍率が3.0を超える部分について否認されたケースが複数あります。「うちの社長の功績は特別だから5倍でも当然だ」という主張は、税務上の論理としては残念ながら通りません。
適正な倍率の設定と、その根拠資料の整備が、税務リスクを回避する鍵になります。
引退の10年前から設計を始める
役員退職金の節税効果を最大化するには、引退直前ではなく、早い段階からの設計が重要です。
最終月給を引き上げることで退職金の計算額が増えますが、引退直前に急激に上げると「退職金を増やすための恣意的な月給引き上げ」として否認リスクが高まります。毎年少しずつ、業績や役割に見合った形で月給を適正水準に引き上げておくのが理想的です。
退職金規程も「引退が決まってから作る」のではなく、早い段階で整備しておくことが大切です。規程の存在期間が長いほど、税務上の合理性を説明しやすくなります。
引退を5年後・10年後に想定しているなら、今すぐ退職金規程の整備と月給水準の見直しを税理士と相談するのがおすすめです。一度設計してしまえばあとは積み上げるだけ。それが、現役中に積み上げてきた利益を最もスマートに手元に残す方法です。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。