先日、食品卸業を営む60代の社長と話す機会がありました。子どもには継がせたくない、でも売却先もまだ決まっていない——そんな状況のまま、なんとなく毎期の決算をこなしてきたそうです。

ところが、ふとした機会に自社株の評価額を試算してみると、5年前の倍近い金額になっていた。「売るにしても、将来子どもに渡すにしても、こんなに高くなっていたとは」と驚いていました。

後継者が決まっていないからといって、何もしなければ自社株の価値はどんどん上がっていきます。それどころか、「真面目に経営しているほど株価が上がりやすい」という構造になっているのが、中小企業の自社株評価の怖いところです。

黒字経営が毎年、株価を押し上げている

中小企業の自社株評価には「純資産方式」が使われることが多く、会社の純資産額(資産から負債を引いた金額)がそのまま株価に反映されます。

たとえば、毎期2,000万円の利益が出ていれば、5年で純資産は1億円増えます。利益率が高い会社ほど、株価が年率10〜20%で上昇するケースも珍しくありません。

黒字を出し続けることは経営者として当然のことです。でも、それが承継コストを毎年押し上げているとしたら、放置したままでは家族が損をする可能性があります。「うちの会社は利益が出ているから大丈夫」という安心感が、承継コストを見えにくくしているのです。

役員報酬を低く抑えると逆効果になる理由

「税金を増やしたくないから、役員報酬は低めに設定している」という社長は多いです。でも、この判断が自社株評価の観点では裏目に出ることがあります。

役員報酬は会社の経費として利益を圧縮します。逆に言えば、報酬を低くするほど会社に利益が残り、内部留保が積み上がります。その内部留保が純資産を増やし、株価を押し上げる——という仕組みです。

個人の所得税と将来の相続税・贈与税、どちらが得かは一概には言えません。ただ、「節税のつもりで役員報酬を抑えていたら、自社株の評価額が上がって事業承継のコストが跳ね上がった」というのはよくある落とし穴です。特に内部留保が5,000万円を超えてきたあたりから、この問題が顕著になりやすいです。

会社に資産を積み上げると承継時に困る

「節税になるから」と不動産や設備を会社名義で購入してきた社長も要注意です。

会社が所有する資産は純資産に含まれます。不動産を1億円購入すれば、それだけ純資産が膨らみ、株価が上がります。設備投資も同様です。もちろん減価償却で価値は年々下がりますが、土地は減価しません。「会社名義で買ったほうが節税になると思っていた」のが、承継時の相続税を押し上げる原因になっているケースはよくあります。

対策の方向性としては、不動産を法人から切り離す、自社株の評価額を下げる手法(配当還元方式の活用や持株会の設立など)を組み合わせることが考えられます。ただし、どの対策も数年単位での計画が必要で、直前に慌てても間に合わないケースがほとんどです。

株価対策に「あとで考える」は通用しない

事業承継の株価対策に「あとでやれば間に合う」はありません。純資産が積み上がるスピードに対して、対策が追いつかないからです。

5年後に会社を売却しようと思っている社長でも、今の株価水準が交渉のベースになります。相続で渡す予定の社長なら、亡くなった時点の株価が相続税の計算に使われます。毎年何もしていないと、その時点の株価が高くなっているほど、家族が受け取る税金の請求書も大きくなります。

後継者がまだ決まっていない方こそ、一度、税理士に自社株の評価額を試算してもらってください。「今いくらになっているか」を把握するだけでも、対策を考えるきっかけになります。知らないうちに毎年株価が上がり続けている——その事実に早く気づくことが、将来の家族への最大の贈り物になります。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。